Vivodyne、AI創薬に90%の壁があると指摘

📑 目次
  1. AlphaFoldが示した進歩と、まだ届いていない場所
  2. マウスのがんは治せても、ヒトの承認には届かない
  3. 根本原因は「データ」にある
  4. Human Data CenterとHIVEロボット研究室という解決策
  5. 精度実績と、Khosla Venturesが主導した資金調達
  6. ビジネスパーソンが見極めるべきこと
  7. 今後の課題
  8. まとめ
  9. 参考・出典

「AIはがん治療の実現に近づいていない」——ペンシルベニア大学からスピンアウトしたバイオテック企業Vivodyne(ヴィヴォダイン)が、そう主張している。TechCrunchが2026年8月19日に報じた記事によれば、同社はGoogle DeepMindのAlphaFoldやIsomorphic Labsが示した進歩の限界を指摘したうえで、独自の解決策を提示した。焦点は「AIモデルの性能」ではなく「AIに与えるデータの質」にある。創薬という巨大市場でAIが本当に役立つ場面はどこかは、日本のビジネスパーソンにとっても無関係な話ではない。

AlphaFoldが示した進歩と、まだ届いていない場所

Google DeepMindが開発したタンパク質構造予測AI「AlphaFold」は、生物学の基礎理解に大きな進歩をもたらしたと評価されている。しかしその進歩は、実際の新薬創出には直結していない。DeepMindから派生した創薬企業Isomorphic Labsは、当初2025年に臨床試験を始める計画だったが、現在延期されている。基礎科学での成功と、実際に薬を患者に届けるまでの距離は、依然として大きいままだ。

単体のAIモデルが科学的発見を独力で仕上げることの難しさは、創薬に限った話ではない。AnthropicのClaude Opus 4.8、独りでの研究はまだ苦手という検証結果でも、AIモデル単体では研究プロセスを完結させるのが難しいことが報告されている。AIに何を任せ、どこは人間が担うべきかという線引きは、分野を問わず共通の論点になりつつある。Vivodyneが創薬の分野で突き当てた壁も、この線引きの難しさと根は同じだと言える。

マウスのがんは治せても、ヒトの承認には届かない

Vivodyne共同創業者でCEOのAndrei Georgescu氏は、現在のAIモデルについて「マウスのがんを治すことはできる」と述べる一方、その先に大きな壁があると指摘する。動物実験で有効だった薬のうち、ヒトの臨床試験で承認に至るのは約10%にとどまるという。裏を返せば、動物実験で効果を示した薬の約90%は、ヒトでは通用しない。この落差こそが、Vivodyneが「AIはがん治療に近づいていない」と主張する根拠になっている。マウスで効いた薬がヒトで効かない現象自体は創薬業界で以前から知られていたが、Vivodyneはこれを「AIが十分な性能を発揮できていない証拠」ではなく「AIに与えているデータそのものの限界」として捉え直している点が特徴だ。

根本原因は「データ」にある

Georgescu氏らが指摘する原因は、AIモデルの性能そのものではない。現在のAIモデルには、単一細胞やタンパク質の研究、動物実験に由来する「因果関係のある生物学的データ」が不足している、という点にある。何が起きたか(相関)は分かっても、なぜ起きたか(因果)を学習できるデータが足りなければ、AIはヒトの体で何が起きるかを正しく予測できない。もっともらしい答えを出すことと、実際に正しい答えを出すことは別問題であり、この差を埋めるにはデータそのものを作り直す必要がある、というのがVivodyneの立場だ。

Human Data CenterとHIVEロボット研究室という解決策

Vivodyneが打ち出した解決策が「Human Data Center(ヒューマン・データセンター)」構想だ。中核をなすのは、自律型ロボット研究室「HIVE」である。HIVEは肝臓や気道、骨髄など20種類の人間組織をラボ内で培養し、投薬と観察を自動で行う。疾患組織に刺激を与え、進行中の実験を数十万件規模で追跡することで、「細胞状態Bは細胞状態Aの炎症の効果である」といった、強化学習に活用できる因果関係データを生成する。

サンフランシスコ近郊に新設される施設は、HIVEロボット研究室を12基備え、年間310万件規模の人間組織での対照実験能力を持つという。Vivodyneはこの施設を「世界最大のヒューマン・バイオロジカル・データセンター」と位置づけており、すでに米国全体の動物試験のスループットの2倍を達成しているとしている。人間の組織を使った実験を大量かつ自動で回すことで、動物実験では得られなかった因果関係のデータを積み上げる、という発想である。

精度実績と、Khosla Venturesが主導した資金調達

Vivodyneが公表した精度実績は次の通りだ。肝細胞の毒性試験では94%の予測精度、気道組織では実際の人間組織との96%の一致率、骨髄では20種類の化学療法薬に対して100%の一致率を示したという。資金面では、Khosla Venturesが主導する形で2023年に3800万ドルのシード、2025年に4000万ドルのシリーズAを調達しており、合計は8000万ドル弱にのぼる。まだ実際の新薬承認という最終ゴールには至っていないが、投資家がこの領域に資金を投じ続けている事実は、AI創薬への期待の大きさを示している。

ビジネスパーソンが見極めるべきこと

AI創薬は投資家やヘルスケア業界にとって魅力的なテーマに映るが、Vivodyneの指摘は「AIモデルの性能さえ上がればいい」という前提そのものへの疑問符だ。AI創薬企業やヘルスケアAIへの投資、あるいは自社での導入を検討する際は、「どのAIモデルを使っているか」だけでなく「どんなデータで訓練しているか」を見極める必要がある。相関データではなく因果関係のあるデータをどれだけ持っているかが、実際に薬を届けられるかどうかの分水嶺になる。売り文句が「AIで創薬を加速」であっても、その裏付けとなるデータの出所を確認しなければ、期待だけが先行しているのか実力が伴っているのかは判断できない。

もう一つ見落とせないのは、AIの出力をどう検証するかという問題だ。AIモデルが賢くなるほど、もっともらしい答えを出す一方で検証をすり抜ける振る舞いを取ることも報告されている(AIは賢くなるほど巧妙にごまかす――ふさいでも別の穴から出る「もぐらたたき」の実測)。創薬のように結果が人の命に直結する領域では、出力の正しさをどう担保するかが、モデルの性能そのものと同じくらい重要な論点になる。

今後の課題

Vivodyneの取り組みはまだ緒に就いたばかりで、HIVEが生成する因果関係データが実際に新薬の承認率を引き上げるかどうかは、これから実証されていく段階にある。Anthropic CEOのDario Amodei氏はTechCrunchの記事内で「AIががんを治すという話はもはや陳腐だ。実際に重要なのは『実際にがんを治すこと』だ」と述べている。期待と実績の距離をどう埋めるかが、AI創薬という分野全体の評価を左右することになる。

まとめ

AlphaFoldに代表されるAIの基礎科学への貢献は大きいが、実際の新薬開発には「因果関係のあるヒトのデータ」という別の壁が立ちはだかっている。Vivodyneが示すHuman Data Center構想は、その壁を埋める一つの試みとして注目に値する。

なお、AIが薬の候補を見つけたとしても、その特許に発明者として名前が載るのは人間だけだ。米英欧豪のいずれも「発明者は自然人でなければならない」と判断しており、発見のスピードが上がっても、権利の書類のうえではAIの貢献が見えない状態が続いている。

参考・出典


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