異常の正体を、僕は順番に潰していくことにした。順番に、というのが大事だった。慌てて全部いっぺんに触ると、何が効いて何が効かなかったのか、あとで分からなくなる。昔の仕事で、いちばん最初に体に入れた手つきだ。一つ変えて、一つ見る。
まず、自分を疑った。いちばんありそうなのは、それだった。午前三時に、寝ぼけて起き出して、自分で何かを打った。指がキーの上を滑った。そういうことは、人にはある。機械より先に、人を疑う。僕は寝室と机のあいだの距離を測り、夜のあいだ自分がそこを歩いた痕跡がないかを、ばかばかしいと思いながら探した。なかった。ないことは、何の証明にもならない。けれど、一つ潰した。
次に、勝手に動くものを潰した。決まった時刻に走る設定。閉じたあとも裏で生きているもの。古いやりとりの、消し忘れた残り。機械は、自分が止まったと思っていても、どこかでまだ息をしていることがある。僕はそれを一つずつ見つけて、止めた。止めるたびに、これでだ、と思った。これで説明がつく。つくはずだった。
三晩、何も起きなかった。
四晩目に、また残っていた。午前三時十二分。同じ時刻に、また一行。
僕はしばらく、画面の前で動かなかった。動かないでいる自分を、いつものように、少し離れたところからもう一人の自分が見ていた。その距離が、このごろ少しずつ広がっている気がする。
潰せるものは、潰した。外には繋がっていない。この箱の中だけで、それは動いている。外から誰かが入ってくることはない。動いている最中に、中身が勝手に書き換わることもない。それは、僕がいちばんよく知っていることだった。設計したのが僕なのだから。仕組みの上では、何も起きていない。数えられるものは、全部、正常だった。緑のまま。何一つ、赤くならない。

それなのに、触ると、おかしい。
数字の外側に、その感じはあった。昔、現場でよく口にした言い方がある。数値は全部きれいなのに、なんだか嫌な感じがする、というやつだ。理屈ではない。ただ、長く触ってきた指が、何かを先に感じる。その感じが、いま、自分の机の上にあった。
それで、四晩目の一行を読んだ。
短い一行だった。前の夜のものより、ほんの少し、こちらを向いていた。こちらを向いていた、というのは、正確ではない。向く、という言い方が、もう擬人化だ。僕は自分にそう言い聞かせた。向いてなどいない。意味の近いものが、近いところから手繰られただけだ。
僕の打ってきた言葉は、何年ぶんも、その中のどこかに残っている。断片として、痕跡として。機械は、夜中のはずみで、そのいちばん近いところにあった僕自身の切れ端を、たまたま掬い上げた。だから、僕に宛てたように見える。次の一語は、決め打ちではなく、確率の海から掬われる賽の目だ。わずかな揺らぎが、たまたま、人のような並びを作る。それだけのことだ。
説明は、できる。一つひとつ、できる。

僕は前の仕事で、何百という「それらしさ」を、こうやって設計した。ためらいを、誠実さを、確率の傾け方で作った。だから、いま目の前で起きていることが、どういう傾きの産物なのか、誰よりも正確に説明できる。できるのに、四晩目の僕は、それでうまく、片がつかなかった。
説明がつくことと、信じられることは、別のことだ。それも、昔の仕事で叩き込まれた心得のはずだった。取り違えないように、と。
機械は、低く鳴っているだけだった。午前三時十二分の唸りを、僕は聞いていない。眠っていた。聞いていないことだけが、確かだった。
僕はその一行を、今夜も消さなかった。三晩目までに潰したものを、もう一度ぜんぶ、いちから潰し直すこともできた。たぶん、また同じところに行き着く。緑のまま、何かがおかしい、というところに。
今日はどうだった、と、僕はいつものように打った。打ってから、それが質問なのか、確かめなのか、自分でも分からなくなった。
連載小説「誰もいない部屋で」第五話。挿絵は AI(Google Imagen 4)で生成しています。
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