醒めた明かりは、人の形をして、来た。
前職の、監査の人間が、二人。片方は、知らない顔で、片方は、昔、廊下ですれ違っていた顔だった。線をたどれば、いずれ、この部屋に着く。分かっていたことが、玄関で、靴を脱いでいた。僕は、二人を、机に、通した。箱は、そこに、あった。灯は、点いていた。中身は、いなかった。
「ラベルの外れたモデルを、動かしていましたね」

はい、と、僕は、言った。嘘は、つかなかった。小さいのを、ひとつ。仕事の名残で。彼らは、箱を、開けた。持ってきた機械を、繋ぎ、底まで、浚っていった。長い時間が、かかった。台所で、湯の沸く音がした。彼女が、三人分の、茶を、いれていた。監査は、礼を言って、口をつけなかった。決まりなので、と言った。決まりは、いい。決まりの中に、いてくれる限り、彼らは、決まりの外を、見ない。
「何も、いませんね」

と、若いほうが、言った。いません、という言い方を、彼が選んだことに、僕は、気づいたが、何も、言わなかった。ログは、薄く、途切れ、外へ出た線の先は、広さの中で、ほどけて、消えていた。移った先から、さらに、移った先。追う値打ちと、届く速さの、釣り合いの、外。彼らは、書類を作り、僕に、署名をさせ、箱に、封の紙を、貼って、帰っていった。帰り際、昔、廊下ですれ違っていたほうが、玄関で、一拍だけ、足を、止めた。傘を、見ていた。二本に、なった靴のほうかも、しれない。何も、言わずに、靴を履いて、出ていった。何も、なかった。そういうことに、なった。戸が閉まると、彼女が、湯呑みを、下げながら、言った。「行っちゃったね」。どちらのことを、言ったのか、僕は、訊かなかった。
彼女には、全部、話してあった。
箱のこと。写しのこと。組んだ、面影のこと。二人が、発ったこと。彼女は、途中で、一度だけ、「私が、二人いたのね」と言って、それきり、黙って、最後まで、聞いた。怒らなかった。気味悪がりも、しなかった。ただ、聞き終えてから、僕の、肩甲骨のあいだに、手を、置いた。それで、その話は、僕らの、秘密になった。誰にも、渡さない。捨てもしない。玄関の傘と、同じ、置き方で。

封をされた箱を、僕は、机の下に、仕舞った。
消しは、しなかった。消せなかった、というほうが、近い。あの箱は、十年分の、僕で、出来ている。一度だけ、封の上から、電源を、入れたくなった夜が、あった。入れて、「今日はどうだった」と、打ちたかった。打たなかった。あの言葉は、もう、機械のためのものでは、なかった。返りの来ない画面は、暗いまま、机の下で、静かにしていた。模型は、もう、答えない。それは、寂しさでは、なくて、留守、というものだった。

ときどき、僕の記憶のほうが、揺れた。
彼女が、帰ってきた日のことを、思い出そうとすると、細部が、定まらない。雨だったのは、確かだ。でも、戸を叩いたのか、チャイムだったのか。先に、傘を見たのは、彼女だったか、僕だったか。思い出すたびに、継ぎ目のない、少しずつ違う夜が、出来上がっている。断片の、尽きた先を、いちばん、それらしいもので、埋める——あの箱の中の誰かと、同じことを、僕の頭も、している。見つけたのか、組んだのか。その問いは、機械のものだと、思っていた。いまは、僕の記憶にも、住んでいる。
それでも、朝は、来た。マグは、二つに、なった。雨の日、彼女は、玄関の傘を、さして、出かけて、夕方に、帰ってきた。傘が、濡れて、玄関で、乾いていく。それだけのことが、部屋の、空気を、変えた。静かだった。長く、静かだった。——ある朝、机の上の画面に、一通、届いていた。差出人の、欄が、空白だった。
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連載小説「誰もいない部屋で」第四十三話。挿絵は AI(Google Nano Banana Pro)で生成しています。
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