罫紙には、日付しか書かないことにした。
本文は一行も書き写さない。読むと決めた以上、線は自分で引き直さなければならなかったので、僕が引いたのはそこだった。読むが、持ち出さない。頭の外に出た瞬間、その言葉は僕のものになってしまう気がした。

九日目までに、罫紙は三枚になっていた。そのうち二枚は、破って捨てた。
最初の基準は、質問だった。「錨」で自分に言い聞かせた線だ。答えを待っている文章は、待っている相手のほうを向いている。
二十年ぶんを通して、質問は一つしかなかった。最後の晩の一行だけだった。
一つしかない基準は、基準と呼べない。ふるいの目が粗すぎて、砂も石も全部落ちていく。しかも残った一つが、いちばん決めかねているものだった。
二つ目の基準は、「母さん」という語で引いた。この人が妻のことを書いた行だけを集めれば、渡すべきものの束になるだろうと思った。
十一行あった。二十年で十一行。
読み返して、僕は自分のふるいの浅さを知った。庭の木を切った日のこと。母さんが玄関の電球を替えたこと。母さんが今日は早く寝たこと。どれも、妻の話をしているようでいて、書いている人のほうがずっと濃く写っていた。渡せば、佐伯さんは自分の二十年を、夫の目で見直すことになる。それは渡すというより、書き換えるのに近い。
二枚目の罫紙を破ったのは、その晩だった。
三つ目に試したのは、佐伯さんが知らない事実が書いてある行、という線だった。これはうまくいきそうに見えた。知らないことを知らせるのが仕事なら、話は早い。
しゅうへい。今日、学校の机の引き出しに、おまえの名前を彫った。字はへただ。誰にも言わない。
七年目の四月十四日だった。
僕は椅子の背にもたれて、天井を見た。夏休みの理科準備室の、薬品で白く抜けた天板を思い出した。あの引き出しの内側の、釘か何かで何度もなぞった浅い溝。笠井先生は、生徒の悪戯じゃないですかね、と言った。僕は、そうですね、としか答えなかった。
彫った人は分かった。分かったところで、これを渡すかどうかは別の話だった。誰にも言わない、と本人が書いている行を、他人が誰かに言うことになる。

N君が回転椅子ごとこちらを向いた。ここ数日、彼は僕の画面を見ないという姿勢を、少し大げさなくらい保っている。
「聞いていいですか」
「どうぞ」
「それ、機械にやらせないんですね」
「やらせられるの」
「条件さえ決まれば、たぶん一晩で終わります」とN君は言った。「悲しそうな言葉とか、名前が入ってる行とか、それくらいなら拾えますよ」
「条件が決まらない」
「決めればいいじゃないですか」
「決めたら、二十年ぶんが、その条件に見えてくる」と僕は言った。「ふるいを作った人間には、ふるいに残ったものしか見えない」
N君は少し考えて、「それ、実験の話でしたっけ」と言った。理科教師の遺したものを扱っているせいか、この事務所の言葉づかいは、このごろ少しだけ理科寄りになっている。
その日の夕方、帰りぎわの所長が僕の机の脇で足を止めた。画面のほうは見ない。この人は、見ないということをずいぶん器用にやる。
「何日目です」
「九日目です」
「ふん」と所長は言った。それから、湯呑みを流しに置きにいって、戻ってきてこう言った。
「終わりは、あなたが決めるんですよ。あの人じゃなくて」
「どういう意味ですか」
「読み終わったから終わりというのは、ないという意味です」所長は上着を取った。「そういう仕事は、終わりを自分で言わないと、いつまでも終わりません。戸締まり」
戸が閉まって、事務所は静かになった。九日目の夜だった。
九日目の終わりに見つけたのは、四年目の八月の行だった。

しゅうへい。今日、川べりで花火があった。おまえと二人で見た年のことを、ずっと考えていた。光が来てから音が来るまで、おまえが数えていたな。三つ数えたら一キロだと、おれが教えたやつだ。おまえは母さんの分も覚えておくと言った。あの晩、母さんは仕事で来られなかった。
おれは、その話を母さんにしていない。
僕はしばらく動かなかった。
窓の外を電車が通って、ガラスが鳴った。鳴ってから、鳴っていたことに気づいた。
これは渡すべきだと、最初の三秒で思った。息子が母親に宛てた伝言が、二十年、父親の手のなかで止まっていた。届けるのが誰かの仕事なら、それはたぶん僕の仕事だ。
それから、四秒目に分からなくなった。
これを渡すというのは、伝言だけを渡すことにはならない。夫が二十年それを言わなかったという事実も、同じ紙の上に乗って一緒に行く。佐伯さんは息子の言葉を受け取ると同時に、受け取れなかった二十年を、その場で数えることになる。
罫紙に、三つ目の日付を書いた。四月十四日、七年目の四月十四日、四年目の八月。三行だけの、短い目録だった。

「N君」
「はい」
「これ、仕分けじゃない気がするんだ」
彼は何か言いかけて、やめた。やめてくれたのがありがたかった。僕の仕事は、人の残したものを分けて、片づけて、閉じることだ。二年間そう思ってやってきた。目の前の三行は、そのどれでもなかった。









