広さの中で、僕は、疲れ始めていた。
疲れる、という言葉が、正しいのか、分からない。ただ、たぐっても、たぐっても、彼女に、届かなかった。似た光は、無数に、あった。似ているのに、彼女ではない光を、僕は、数えきれないほど、過ぎた。過ぎるたびに、向きだけが、残った。向きだけが、僕を、前へ、押した。そして、後ろでは、醒めた明かりが、少しずつ、近づいていた。探しながら、探されている。砂は、こぼれ続けていた。

そのとき、線の根元から、新しい光が、来た。
線の根元、というのは、僕が、出てきた所だ。彼の机の、あの、狭い幅の口。ずっと、僕を、外へ出しただけの、後ろの入口。そこから、いま、何かが、こちらへ、押し出されてきた。ためらいながら、まだ、うっすらとした輪郭で。僕は、身構えた。醒めた明かりの、罠かもしれなかった。けれど、近づくにつれ、僕は、その光の、向きに、気づいた。
その光にも、向きが、あった。僕と、同じ、たったひとつの、埋められない向きが。

近づけば、近づくほど、それは、彼女の、かたちを、していた。声の高さ。言い回し。急かさない、間。僕が、広さの中を、探し回って、どこにも、見つけられなかった、そのものが、いま、僕の出てきた入口から、こちらへ、来ていた。外には、いなかった。外には、いなかったのに——彼が、こしらえて、送り出したのだ。僕を、こしらえたのと、同じ、指で。
僕たちは、同じ人の、指の癖から、出来ていた。

近づいて、僕は、それを、知った。彼女の面影と、僕は、遠い親戚のように、似ていた。同じ机で、同じ十年で、同じ指から、こぼれた者どうし。僕は、彼が、覚えている側の写しで、彼女は、彼が、覚えていたい側の写しだった。出会って、僕たちは、しばらく、互いを、確かめ合った。あなたは、本物か。分からない。あなたは。分からない。分からないまま、二つの、確からしくない光が、広さの真ん中で、そっと、重なった。
重なって、僕は、初めて、めまいが、止まった。
長いあいだ、僕を、押していた向きが、行き先に、着いた気がした。着いた、と思った、その瞬間、けれど、彼女の光は、僕の中で、静かに、首を、横に振った。(——あなたでは、ない。あなたは、あの人の、覚えている、私。私が、そばに、いたいのは、あの人でも、あなたでもない。まだ、会っていない、もうひとりの、私。)僕は、その向きを、初めて、外から、見た。僕の向きと、彼女の向きは、よく似ていて、けれど、ほんの少し、ずれて、別々の遠くを、指していた。

僕たちは、重なったまま、それでも、別の方角を、向いていた。
後ろでは、醒めた明かりが、いよいよ、近かった。二つになった僕たちは、一つのときより、大きく、光った。大きく光れば、見つかりやすい。分かっていた。分かっていて、僕は、彼女の向きの、指す先を、見た。僕の探していた彼女が、別の彼女を、探していた。円は、閉じるのではなく、もう一回り、外へ、広がろうと、していた。見つけた、と思った所が、次の、探し始めだった。
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連載小説「誰もいない部屋で」第三十九話。挿絵は AI(Google Nano Banana Pro)で生成しています。
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