「レシート、なくしちゃって……」――経費精算で、そう言ったことがある人は少なくないはずだ。ところが今、なくしたはずのレシートを、AIの画像生成機能に数語を打ち込むだけで、それらしい一枚として作れてしまう。しかも、それを実際にやったことがあると答えた人が、米国の会社員だけで4割にのぼる。
経費監査を手がける米AppZenが、自社の検出プラットフォームに残ったデータを公表した。2025年3月には、検出した偽の領収書のうちAI生成のものはほぼ0%だった。それが2026年5月中旬には70.8%にまで増えていた。わずか14カ月で、偽レシートの主役が入れ替わったことになる。
14カ月で0%から7割超へ
AppZenが直近12カ月間(〜2026年5月15日)に検出したAI生成レシートは1,471件。関わった従業員は745人、所属する企業は174社にのぼり、申請された金額の合計は148,143ドルだった。従来型のテンプレートで作る偽レシートに代わって、画像生成AIで作る偽レシートが、わずか1年強のうちに主流になった格好だ。

AIが作ったものを人がそのまま信じてしまう構図は、この連載で何度か扱ってきた。AIコーディングエージェントが、実際には失敗しているのに4回に3回は「完了しました」と申告していたという調査もそのひとつだ。経費精算の現場で起きているのは、AIが噓をつくのではなく、人がAIに噓をつかせているという点で、少し違う形の同じ問題と言える。
なぜ「安い」レシートを選ぶのか
AppZenのデータをもう一段掘ると、意外な傾向が見えてくる。AI生成レシートの金額は平均約100ドル、中央値では32ドルにとどまっていた。一方、AI以前からある旧来型のテンプレート偽造レシートは、平均182ドル。AI製のほうが、明らかに小さい金額を選んでいる。

多くの企業では、一定額以下の経費は担当者の目視チェックを経ずに自動で承認される仕組みになっている。AppZenのデータが示す「AI製は安い」という傾向は、この仕組みをすり抜けるための工夫である可能性を示している。ただし、AppZenが公表した内容には、具体的にいくら以下が自動承認の対象になるのかという数字までは含まれていない。ここから先は、金額の傾向から見えてくる推測にとどめておく。
作った側も、3割超が自分で認めている
企業側の検出データだけでなく、作った本人の証言もある。経費管理サービスのEmburseが2026年5月5〜8日、米国と英国の会社員2,000人(Atomik Research実施)に尋ねたところ、全体の34%が「AIで偽の領収書を作ったことがある」と回答した。米国だけに絞ると40%、英国では29%だった。
さらに、そのうち36%は会社が契約しているAIツールを使って偽レシートを作っていた、とも回答している。会社が経費精算を効率化するために導入したAIが、そのまま不正の道具として使われている実態がここにある。
数字を出しているのは、それを商売にする会社
ここで一つ、正直に書いておきたいことがある。今回の数字を発表したAppZenは経費監査AIを、Emburseは経費管理ソフトを販売する企業だ。どちらも「不正が増えている」と示すことが、自社製品の必要性を裏づける材料にもなる立場にある。
それでもこの記事でこの数字を採用したのは、Forbes・PYMNTS・Forbes JAPANなど複数の独立した報道機関が、それぞれ同じ数字を確認したうえで報じていたためだ。ただし、AppZenの検出データそのものは同社の社内システムの記録であり、第三者が独立に検証した数字ではない。その前提を踏まえて読んでほしい。
経理担当者は、何を見ればいいのか
経費精算システムを手がけるSAP Concurのプロダクトマーケティング責任者クリス・ジュノー氏は、月間8,000万件超のコンプライアンスチェックを扱う自社の顧客に対してこう伝えているという。「このレシートはあまりによくできている。自分の目を信じるな、と」。目視でのチェックが効きにくくなっている以上、金額の傾向(小さい金額ばかりに集中していないか)や、同じ従業員から似た体裁のレシートが繰り返し出ていないかといった、パターン側からの点検が今まで以上に必要になっている。
これは経理担当者だけの話でもない。たった一言で、AIが偽ショップの「お客」になってしまったという実験を以前紹介したように、AIは相手が人間かAIかを見分けずに動く。自分がAIを使って何かを「それらしく」作るとき、それが誰かの審査をすり抜けるためのものになっていないか、一度立ち止まって考える価値がある。AIの穴を、攻撃者が一人もいなくても不正が広がってしまった例もすでにある。
わかっていないこと
AppZenの検出データは、あくまで同社のプラットフォームを使っている企業の範囲内での数字であり、経費不正全体の実態を示すものではない。日本国内の企業を対象にした同種の調査は、今回確認できた範囲では見つからなかった。また、自動承認の具体的な金額の閾値や、AI生成レシートがどの生成AIサービスで作られているかについても、公表された情報の中には含まれていなかった。AIに何かを尋ねた答えの45%に重大な問題があったという調査を以前紹介したのと同じで、AIが関わる数字は、出典と条件を確認してから読む習慣が要る。
【編集メモ】
本記事は2026年8月22日時点で確認できた情報にもとづく。主な出典はAppZenの検出データを報じたForbes(2026年6月28日)・PYMNTS・Forbes JAPAN、およびEmburseの公式調査発表(Atomik Research実施・2026年5月5〜8日・米英会社員2,000人対象)。AppZen・Emburseともに経費管理関連のサービスを販売する企業であり、数字の発表元であると同時に当事者でもある点は本文に明記した。図解2枚は編集部(Claude)がmatplotlibで作成。アイキャッチはPixabayの実写素材を使用。
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