新聞の隅に、海外のある会社の話が載っていた。社員にAIを「好きなだけ使っていい」と言ったら、四ヶ月で予算を使い切ってしまったので、結局は上限を設けることになった、という話だ。短い記事だったので、それ以上の事情は分からない。けれど読み終えて新聞を畳んだあと、僕はしばらく椅子に座ったまま、なぜか食パンのことを考えていた。
祖父の家に泊まりに行くと、朝食は決まって食パンとバターと紅茶だった。京都の北の方の、もう取り壊されてしまった家である。祖父は朝が早い人で、僕が起きて台所に降りていくと、すでに新聞を読み終えて、湯のみを傾けているか何かしていた。テーブルにはバターの塊が、銀紙に包まれたまま、白い皿の上にどんと置いてあった。その家では食パンに塗るバターの量について、誰も何も言わなかった。
「好きなだけ塗りなさい」と祖父は言った。たしか八つか九つの夏のことだったと思う。
これがいけなかった。何がいけなかったのかは、今となってもうまく説明できないのだけれど、ともかく僕は、食パンを一枚手に取って、銀のナイフでバターをすくい、それを塗り始めた。最初はちゃんと塗っていた。けれど三度目にナイフを動かしたあたりから、何か別のスイッチが入ったらしい。塗っているのか積んでいるのか、自分でもよく分からなくなってきて、気がついたときには、食パン一枚分の表面にバターが、ちょうどお好み焼きのソースぐらいの厚みでのっていた。
祖父は何も言わなかった。それが祖父の流儀だった。ただ僕がそれを口に運んで、半分も食べないうちにギブアップした時、湯のみを置いて「まあ、わるくないね」とだけ言った。何がわるくないのか、僕には今もよく分からない。バターの量が、なのか、僕が途中で諦めた潔さが、なのか。そのどちらでもないし、どちらでもある。
若い頃に勤めていた職場の先輩で、定年で辞めていった人がいた。最後に駅前の鮨屋で食事をしたとき、その人は「好きなだけ食べていい」と言って、僕に上の方の品をどんどん勧めた。本当は焼き鳥屋に行きたがっていたのだが、満員で入れなかったのだ、と後で聞いた。僕はそのとき三十そこそこで、つい遠慮した。今になって思うと、あれは遠慮するべき場面ではなかったのかもしれない。あの夜の湯のみの厚みを、僕はまだ覚えている。
四ヶ月で予算を使い切った人たちのことを、僕はべつに責める気になれない。バターを好きなだけ塗っていいと言われた八つの子どもが、銀のナイフを止められなかったのと、たぶん似たようなことだ。
原稿の上限が決まっていないと、つい一文を足してしまう。今もそうだ。ここで終わってもよかったのに、もう三行ぐらい書いている。
昨日、台所で妻が新しいバターを開けていた。北海道の、四百グラムある四角いやつである。「これ、好きなだけ使っていいよ」と妻は言って、僕の顔をちらりと見た。僕は黙ってトーストを焼き、薄く、ほんとうに薄く塗った。バターは八割がた、まだ冷蔵庫に残っている。










