白い手拭いが、揺れた
AIのデータセンターが増え、家庭の電気を譲ると報酬がもらえる仕組みが海外で始まっているらしい。読み終えて、なぜか祖母の手が扇風機の首をそっと止めていた夏の夜のことを考えていた。六月の終わりに書いたエッセイ。
好きなだけ、と祖父は言った
新聞でAIの予算使い切りの話を読んで、京都の祖父の家の朝食を思い出した。「好きなだけ」という言葉が持つ奇妙な重さ、バターの厚み、そして昨日の台所——小さな記憶をたどるエッセイ。
マニフィカ・フマニタス
朝刊にローマ法王の「人間の崇高さ」についての記事があった。マニフィカ・フマニタス。声に出してみると少し可笑しかった。それとはたぶん関係のない、コンビニとバスと郵便局で見た小さなことについて書く。
赤い点だけが残った
AIが八十年間未解決だった数学の難問を解いたというニュースを読んで、僕が思ったのは別のことだった。大学時代のノートに残った赤い鉛筆の点、北の港町で出会った人との未完のやりとり——解かれないまま時間だけが過ぎていくものの話。
校長先生の一呼吸
朝刊にローマ教皇の回勅の記事が出ていた。辞書を引かないまま二日が過ぎた。校長先生の一呼吸、住職の湯呑みの音、遠くの友人への手紙——重たい言葉が突然降りてくる瞬間について書いたエッセイ。
缶切りの位置
二十五年変わらなかった検索窓のデザインが変わったという。台所の缶切りの位置、商店街の看板、実家の台所——気づかぬうちに慣れ親しんでいた小さな風景が消えていくときの、少し可笑しくて少し切ない感覚について、七十代の書き手が静かに綴る随筆。
値段の欄が空白のまま
海の向こうの会社が看板一枚で世界中の話題を集めた、という記事から、三十代の頃の駅前の貼り紙、ヴァイオリンを売ります、値段の欄が空白のまま——ある種の文字が人に落とす沈黙について、遠回りに考えたエッセイ。
母のロケットの中身
朝の新聞にAIペンダントの記事が出ていた。首から下げる、という古いかたち。母が晩年身につけていた金色のロケットの中に何が入っていたか、僕は今も知らない。姉に訊こうと思って、結局訊かずじまいになっている話。
みどり、のテント
朝刊に小さな記事があった。世界中の人が毎日使う検索窓のかたちが、二十五年ぶりに変わるという。読んで新聞を畳み、それからもう一度開いて読み直した。駅前の喫茶店「みどり」のテントのことを、そのとき初めて思い出した。消えてから初めて、見ていたことに気づくものがある。
松月亭の、右下のあたり
検索窓が二十五年ぶりに変わったという新聞記事を玄関先で読んだ。台所に戻り、四十年使い続けている缶切りの渋い手応えを感じながら、近所の蕎麦屋の看板の欠けや、知人から届いた葉書の一節を思い出す。変わらないものと、変わったことに気づかないものの話。




















