朝、近所の医院に電話をかけたら、受付の女性が「先生からあらためてお電話します」と言った。穏やかな声だった。何時頃になりますかと訊くと、それはわかりませんという返事だった。午前のうちか、午後になるか、あるいは夕方か。とにかく手が空き次第かけ直します、ということだった。僕は受話器を置き、台所の椅子に座って、ラジオをつけ、それからまた消した。
結局、僕は四十年以上、何かしらを待ち続けて生きてきた人間なのだ。けれど妙なもので、待つこと自体は、どちらかといえば苦にならないほうらしい。ただし電話だけは別だ。電話というのは厄介な道具で、相手から来るとわかっている時に限って、こちらの一日の動きを根こそぎ封じてしまう。買い物に出るのも気が引けるし、風呂に入るわけにもいかない。走りに行きたいが、走っているあいだに鳴ったらどうする、と考えはじめると、もう靴を履く気がしない。仕方なく、僕は受話器の見える範囲に身を置いて、机の上の本をぱらぱらとめくっている。読んでいるわけではない。ページを送る指先だけが、何かをやっているふりをしているだけだ。
二十代の頃、僕には文通をしていた相手がいた。京都にいる女の子で、数えるほどしか会ったことがなかった。半月に一度、長い手紙が届いて、僕も同じくらいの長さで返事を書いた。問題は、彼女がときどき、ぱったりと書いてこなくなることだった。一ヶ月、二ヶ月、長いときは三ヶ月。理由はわからない。怒らせたのかもしれないし、忙しかったのかもしれないし、ただ単に書く気分でなかったのかもしれない。僕は毎朝、郵便受けを覗くのが習慣になった。覗いては何もないことを確認し、扉を閉め、読みかけのペーパーバックの開いたページに戻る。たいてい何もない、という事実に、人はある種の馴れを獲得する。けれど馴れは、期待を消してくれるわけではない。期待は、馴れの下で静かに息をしている。野生動物の冬眠に少し似ている。動かないが、死んではいない。
あの頃、僕は気がつくと、彼女のことを「待っている自分」のほうに、自分の重心を移してしまっていた。手紙が来る来ないというよりも、待っている時間そのものが、僕の生活の主な軸になっていた。これは奇妙なことだ。本来、待つというのは何かが来るまでの空白の時間のはずなのに、いつのまにかその空白のほうが本体になってしまう。返事が来た日に、むしろ僕は少し落胆していたような気もする。安心したというよりは、何か、それまで張りつめていた糸が、ぷつりと切れるような感覚があった。
待つことには、たぶん輪郭を歪める力がある。誰かを長く待っていると、その誰かは、本人とは別のもう一人になってしまう。こちらの頭の中で、相手の像はだんだん肥大していき、現実の彼や彼女の体格を超えてしまう。だから再会はしばしば失望をともなう。「こんな人だったかな」と思う。けれど悪いのは相手ではなくて、こちらが待ちすぎたのだ。待つというのは、どうやら相手の輪郭だけでなく、こちらの輪郭も少しずつ削っていく作業らしい。岩肌に水が落ち続けて穴を開けるのに、似ていなくもない。
医者というのは、現代における最も典型的な「待たせる人」だ、と妻が以前言ったことがある。考えてみればその通りで、診察室の前でも待たされ、検査結果でも待たされ、折り返しの電話でも待たされる。彼らが冷淡なのではなく、彼らの時間の流れと僕らの時間の流れがそもそも違う種類のものなのだろう。彼らの一日には、無数の患者の輪郭が次々と通過していく。一人ひとりの待ち時間など、彼らから見れば、川面に浮かぶ落ち葉のようなものに過ぎない。けれどこちらにとっては、その落ち葉が、午前中まるごとを占めている。
正午を過ぎて、台所の窓から薄い陽が斜めに入ってきた。電話はまだ鳴らない。妻が買い物から帰ってきて、袋を置きながら「まだ?」と訊いた。まだ、と僕は答えた。彼女は冷蔵庫を開け、何かを入れ、それから振り返って、「ねえ、あなたって昔から——」と言いかけて、少し笑って、口をつぐんだ。僕は受話器のほうを見た。受話器も、何も言わなかった。
(このエッセイは、医者からの折り返し電話を待つ時間から、待つことが人生にもたらす静かな変化について書いたものです。)












