ムラティ氏のInkling、DeepSeek設計を援用

📑 目次
  1. Inklingの仕様──975億パラメータのMoEモデル
  2. Nvidiaとの計算基盤契約──Vera Rubinで学習
  3. So What──企業のカスタムAI戦略への影響
  4. DeepSeekの設計思想を踏襲したとされる背景
  5. 今後の展望──オープンモデル競争の行方
  6. まとめ
  7. 参考・出典

元OpenAI最高技術責任者(CTO)のミラ・ムラティ氏が創業したThinking Machines Labは、2026年7月15日、初のオープンウェイトAIモデル「Inkling」を発表した。TechCrunchによると、モデルの重み(パラメータ)を誰でもダウンロードして改変できる形で公開したのは同社にとって初めてだ。従業員約200人の同社は、これまで非公開の商用APIを軸に事業を進めてきた。オープン化への転換は、AI業界で加速する「オープンウェイトモデル」競争に一石を投じる動きとして注目を集めている。

Inklingの仕様──975億パラメータのMoEモデル

Inklingは混合専門家(MoE、複数の専門ネットワークをタスクごとに使い分ける方式)を採用しており、総パラメータ数は975億に達する。TechCrunchによれば、実際に1つのタスクを処理する際に使う活動パラメータは約410億にとどまり、計算負荷を抑えながら大規模モデル並みの性能を狙う設計だ。学習には45兆トークン分のデータを用いており、テキストだけでなく画像・音声・動画も含む。出力形式はテキスト、コード、構造化データに限定されている。加えて、モデルの回答に対する確信度を数値で示す「較正済み不確実性フラグ」や、タスクの難易度に応じて思考の深さを調整できる「シンキングエフォート」設定も搭載されており、企業が用途に応じて挙動を細かく制御できる点が特徴だ。

Nvidiaとの計算基盤契約──Vera Rubinで学習

Inklingの学習にはNvidiaの次世代計算基盤「Vera Rubin」の計算リソースが使われた。両社は2026年3月にパートナーシップを結び、Thinking Machines LabはNvidiaのGB300 NVL72システム上でモデルを訓練したという。同社はコーディング性能の比較で「NvidiaのNemotron 3 Ultraと同等の性能を、3分の1のトークン使用量で達成した」と主張している。ただし同社自身も、Inklingが「現時点で入手可能な最強のモデルではない」と認めている。なお同社は2026年1月、共同創業者でCTOのバレット・ゾフ氏を含む複数の幹部がOpenAIに復帰する人材流出を経験しており、TechCrunchの報道によれば200人規模の陣容でこの大型モデルを送り出した点も見逃せない。

So What──企業のカスタムAI戦略への影響

Thinking Machines Labの事業の中核仮説は「既製品のAIより、組織ごとにカスタマイズできるAIの方が高い成果を出す」というものだ。同社はモデルの微調整(ファインチューニング)を可能にするプラットフォーム「Tinker」を通じて収益を得るビジネスモデルを採っている。一般的な生成AIサービスを利用するだけでなく、自社データで独自にモデルを鍛え直したい企業にとって、Inklingのオープン化は選択肢を広げる材料になる。実際、投資運用大手ブリッジウォーター・アソシエイツが独自にInklingを訓練したところ、金融分野の推論テスト6項目平均で84.7%のスコアを記録し、GPT-5.5と比べてミスを29.8%減らした上、運用コストは約14分の1に抑えられたという事例が報告されている(両社独自の評価であり第三者検証ではない点には留意が必要)。企業の意思決定者にとっては、モデルを自社仕様に育てるという選択肢が現実的なコストで手に入る点が大きい。とりわけ、データを社外のクローズドAPIに渡したくない金融・医療などの規制業種にとって、重みをダウンロードして自社環境で動かせるオープンウェイトモデルは、ベンダーロックインを避けながら性能を追求できる現実的な手段になり得る。日本企業にとっても、海外のクローズドAPIに依存せず自社内でモデルを運用できる選択肢が増えることは、AI活用のコスト構造や情報管理の両面で検討に値する動きだ。こうした動きは、資金力に劣る中堅企業であっても、公開された高性能モデルを土台に自社専用AIを内製できる時代が近づいていることを示唆している。

DeepSeekの設計思想を踏襲したとされる背景

InklingのMoE設計は、中国のAI企業DeepSeekが公開した「DeepSeek-V3」のアーキテクチャに着想を得たとされる。MarkTechPostや複数の海外メディアの報道によれば、Thinking Machines Lab自身もこの点を認めているという。DeepSeek躍進でもAnthropic支出5割──OSSが脅かさぬ理由で触れたように、DeepSeekが公開したオープンソース設計思想は、シリコンバレーの新興ラボにも影響を広げつつある。ムラティ氏率いる注目企業がその設計を取り入れた事実は、オープンウェイト陣営の技術的な収れんを象徴する出来事といえる。

今後の展望──オープンモデル競争の行方

Inklingの公開は、OpenAI「GPT-5.6」一般公開、Sol・Terra・Luna 3層構成のような大手クローズドモデルの発表が相次ぐ中で行われた。両者は対照的な戦略を取っている。OpenAIが階層構造の高性能モデルで囲い込みを進める一方、Thinking Machines Labはモデルの重みそのものを公開し、企業が自由に改変できる土台を提供する道を選んだ。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは自身のブログで、非公開AIを利用する企業は利用料の支払いに加え、プロンプトを通じて提供した業務ノウハウが将来のモデル改良に取り込まれる形で「二重に対価を払っている」と警鐘を鳴らしたという。Hugging Faceのクレモン・ドランゲCEOもTechCrunchの取材に対し、最先端の非公開モデルは実験や高付加価値タスクに限られ、実運用の大半は自社運用または オープンソースのモデルに移っていくとの見方を示したとされる。こうした発言は、Inklingのようなオープンウェイトモデルへの関心が業界全体で高まっている流れと軌を一にする。今後は、Inklingを実際に自社データで微調整する企業がどれだけ現れるか、また性能・コスト面でNemotron 3 UltraやDeepSeek系モデルとの比較がどう推移するかが焦点になる。

まとめ

ミラ・ムラティ氏率いるThinking Machines Labは、975億パラメータのオープンウェイトモデル「Inkling」を公開し、カスタマイズ可能なAIという同社の中核戦略を前進させた。企業が自社データでモデルを鍛え直す動きが今後どこまで広がるか、注視する価値がある。

参考・出典


Anthropic新モデルOpus 5、Fable超えの性能

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