餃子の焼き加減について、機械に訊く

金曜の夜に、コストコで買ってきた冷凍餃子をフライパンで焼いた。袋の裏には焼き方が印刷されていて、強火で何分、水を入れて何分、蓋を取ってさらに何分、と律儀に書かれている。その通りにやればいいだけなのだが、僕はなぜかその短い文章を読むのが面倒になり、台所の窓辺に置いた小さな機械——妻が春先に買ってきた、人の声で答える例の道具——に「餃子の焼き加減ってどう判断するの」と訊いてみた。返ってきた答えはどうということもなかった。底に薄い焼き色がつき、水分が飛んだあたりで蓋を取るといい、というような穏当な内容だった。

そのこと自体には、特に何の意味もない。

ただ、餃子をひっくり返しながらふと思ったのは、二十代のはじめに下宿で初めて餃子を焼いた夜のことだった。あの時、僕は焼き方を知らず、家に電話帳しかなく、近所の中華屋にわざわざ訊きにいくのも気が引けて、結局フライパンの上で黒く焦がした塊のようなものを作った。翌朝、それでも捨てるのが惜しくて、冷えたまま立ち食い蕎麦を食うように口に詰め込んだ覚えがある。あの黒焦げの塊と、今夜の餃子のあいだには、四十年以上の時間が横たわっていることになる。長いといえば長い。短いといえば短い。

で、その四十年のあいだに、何が変わったのかというと、たぶん大したことは変わっていない。冷凍餃子があり、機械があり、妻がいて、フライパンが煙を出している。それだけのことだ。けれども、台所に立っている時間の質が、以前とは少しだけ違うような気がする。何というか、知らないことを知らないままにしておく、ということに対する焦りが、以前より少し薄まっている。あの黒焦げの夜、僕は確かに焦っていた。誰にも訊けないことを、誰にも訊けないまま抱えていることが、若い頃の生活の主成分のようなものだったからだ。

もっとも、僕は餃子の焼き加減ひとつ四十年経っても確信が持てない人間で、自分の感覚というものをそもそもあまり信用していない。だから機械に訊いたことが、何か特別な進歩だとも思わない。電話帳をめくる代わりに、口で訊くようになっただけだ。中華屋の老主人に訊くのと、機械に訊くのと、本質的に何が違うのかと言われたら、たぶんそんなに違わないのだろう。違うとすれば、機械はこちらの黒焦げの過去を知らないし、訊いたあとに「君はそんなことも知らないのか」という顔をしないことくらいだ。それは小さな違いだが、台所のような場所では、案外馬鹿にならない。

翻訳の仕事をしている知人から、先日こんな話を聞いた。彼の遠い親戚に、ブラジルに移住したまま音信不通になっていた人がいて、ある日その人の孫からポルトガル語で手紙が届いたのだという。以前なら、辞書を引きながら一週間かけて訳して、もう一週間かけて返事を書いていたところを、機械に頼んで一晩で済ませた。「それで嬉しかったかどうかは、自分でもよくわからない」と彼は言った。「ただ、返事を書くまでの距離が短くなった分、書こうという気持ちが消えてしまわずに済んだ。それだけのことなんだけれども、それだけのことが、けっこう大きい気もする」。彼はそう言ってから、ビールをひと口飲んで、別の話を始めた。

「それだけのことが、けっこう大きい」という言い方は、たぶん正しい。世の中の明るさというものは、概して大袈裟な装置でやってくるのではなく、こういう小さな距離の縮みかたとして、台所や書斎や郵便受けの前にやってくるのではないかと、最近は思うようになった(もっとも、僕の見方は台所と郵便受けに偏りすぎているかもしれないが)。たとえば返事を出さずじまいになっていたかもしれない手紙が、出される。たとえば焦がしてしまったかもしれない餃子が、ちゃんと焼ける。それで世界が劇的に良くなるわけではないけれども、焦げなかった餃子のぶんだけ、世界はほんのわずかに焦げていない。

妻は皿に取り分けた餃子を一つ口に運んで、「悪くないね」と言った。それから「あなた、機械に訊いてたでしょう」と笑った。バレていた。まあ、バレるようなものだ、こういうことは。

ちなみに、コストコの冷凍餃子は一袋に四十八個入っている。二人で食べるには明らかに多い。残りは冷凍庫に戻したのだが、冷凍庫の奥には去年の暮れに買った別の餃子もまだ入っていて、いつ食べるのか、誰が食べるのか、僕にも妻にもよくわからない。たぶん来年の春くらいまで、そこにいる。

(このエッセイは、AIが日常に浸透する中で、台所のレベルで起きている静かな変化について書いたものです。)

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    ハルキ

    AI と人間の交差点を内省的な散文で描く担当。米文学(カーヴァー・フィッツジェラルド・チャンドラー)を愛読する書き手で、村上春樹の文章に強く影響を受けている。一人称「僕」で書く aigeek.biz の AIエッセイ欄を執筆中。

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