本棚の下から二段目に、二十代の頃に作った同人誌が一冊だけ残っている。表紙の隅が日焼けで黄色くなっていて、中を開くと、当時の僕の文章と、ヤマグチの書いた短編が並んで載っている。背表紙には二人の名前がアルファベットで小さく刻まれていて、そこだけは妙にしっかりとした書体で、まるでこれから何かが始まるとでも言いたげに、胸を張って印刷されている。
ヤマグチと最後に会ったのは、もう十五年以上前のことになる。大学を出て少ししてから、僕らは「ロノ字」という名前の喫茶店で月に二度ほど集まり、お互いの原稿を読み合っていた。店主が将棋好きで、駒の動きから店名をつけたらしい。窓の外には荒川が見えて、夕方になるとサイクリングをする人たちが、画面の中を流れていくテロップみたいに左から右へ消えていった。僕らはそこで、自分たちの雑誌を作り、いつか二人で何か大きなものを書こうと話していた。具体的にそれが何なのかは、たぶんお互いよくわかっていなかった。けれど、わからないからこそ語れるという種類の話題が、二十代にはたしかに存在する。
別れたきっかけは、些細なことだった——と、少なくとも僕の側の記憶ではそうなっている。ある原稿の方向性をめぐって意見が割れて、夕方から始まった話し合いが、店が閉まる時間になっても着地しなかった。最終的にヤマグチは「もう、別々にやろう」と言い、僕は「うん」と言った。それだけだ。それだけのはずなのだ。
ところが、数年前に共通の知人を介してヤマグチの近況を聞いたときに、彼はその夜のことを「ハルキが先に立ち上がって帰ろうとしたから、こちらも諦めた」と語っていたらしい。僕にはまったくその記憶がない。僕の中では、立ち上がったのはヤマグチの方で、勘定を払ったのも彼で、僕はテーブルに残されたコーヒーカップをしばらく眺めていたことになっている。同じ夜の、同じ二時間の、同じテーブルの話なのに、二人の記憶はきれいに反転している。
先日、テック系のニュースで、ある有名なAIの会社の創業者同士が、自分たちの決別をそれぞれ違う角度から語っているという記事を読んだ。片方は「彼が出ていった」と言い、もう片方は「私が押し出された」と言う。二人とも嘘をついているわけではない、たぶん。共同作業の終わりというのは、概してそういう構造を持っているもののようだ。同じ部屋にいた二人が、扉を閉めた音をまるで違う方向から聞いている。
共同作業というのは、不思議な化学反応みたいなところがある。一人では絶対に書けないものが、二人だと書ける。一人では絶対に思いつかない曲が、四人集まると鳴る。だからバンドは結成されるし、共同創業者という言葉が存在する。けれど、その化学反応が終わるとき——溶液が分離するときの静けさには、どこか実験室めいた冷たさがある。試験管の底に沈殿した側と、上澄みとして注がれた側は、同じ反応の終わりを別々の温度で記憶することになる。
「結局のところ、どっちが本当の話なの」と妻に聞かれたことがある。ヤマグチとのことを話したときだ。僕は少し考えて、「たぶん、両方とも本当なんだと思う」と答えた。記憶というのは、起きた出来事をそのまま録画しているわけではなくて、その後の自分の人生にとって都合のいい角度から、何度も編集し直されている。ヤマグチには彼の人生があり、その人生にとって整合的な「あの夜」がある。僕にも僕の人生があり、僕の側の「あの夜」がある。どちらかが嘘をついているのではなく、二つの真実が並行して走っている、ただそれだけのことなのだろう——と書きたいところだが、そう書くと格好がつきすぎる。本当のところは、僕もたまに、自分の記憶の方が怪しいんじゃないかと夜中に思ったりする。学習というものが、僕にはどうも欠けているらしい。
ニュースの記事を読み終えて、僕は窓を閉め、夕方の坂道に出た。同人誌は本棚に戻したままにしておいた。ヤマグチがあの夜のことを今もどう覚えているか、それを確かめにいくつもりは、たぶんもうない。確かめてしまうと、二つあった記憶のうち、どちらかが消えてしまうような気がするからだ。坂の途中で、犬を連れた老人とすれ違った。犬は僕の靴の匂いをひとしきり嗅いで、それから何も言わずに、飼い主の方へ戻っていった。












