新聞の片隅に、好きな歌手の声でAIが勝手にカバー曲を作ってくれる仕組みが始まる、というような記事が載っていた。プレミアム会員なら誰でも、自分の好きな曲を、誰の声でも歌わせることができるらしい。記事はそれだけのことを、わりに事務的に伝えていた。僕はそれを読みながら、台所で湯を冷ましていた。冷めた湯を植木鉢にやるためで、特に深い理由はない。
中学二年生のとき、僕はラジカセというものを買ってもらった。たしか一万円すこし超えるくらいの、灰色の四角い箱で、ボタンを押すとカチャリと小気味のいい音がした。あの音が好きで、用もないのに録音ボタンを押したり止めたりしていた記憶がある。当時、僕の好きだったバンドが、というかバンドというより歌い手が、というか、まあ名前を出すほどのことでもないのだけれど、とにかく好きな歌があった。ラジオから流れるたびに、急いでテープに録音した。何度も録音し直したから、最初の二秒くらいが必ず欠けていた。曲の頭が「ァー」みたいな中途半端な母音から始まる、というのが、僕にとってのその歌の正しい姿だった。
そのうち、僕はそれを自分でも歌い始めた。歌うというより、口の中でなぞる、という感じだった。歌詞は半分も聞き取れていなかったので、聞き取れない部分は適当な音で埋めた。「ふぁすたうぃー」とか「ろーまんとぅぃ」とか、たぶんそんな感じだ。今になって思えば、それは英語ですらなかった。ただ、自分の口から出てくる音を、テープに吹き込んでみたかった。録音ボタンを押して、ラジカセに向かって、できる限りそれらしく歌い、再生して聞いてみる。まったく似ていなかった。当然である。声が違うのだから。けれども当時の僕は、その「似ていなさ」に、なぜか少し傷ついていた。
何度も録音し直した。テープが少し伸びて、自分の声がさらに自分の声でなくなっていく。それでも続けた。今振り返ると、ずいぶん辛抱強い作業をやっていたものだと思う。
二十代になって、何度かカラオケというものに連れて行かれた。連れて行かれた、というのは、自分から進んで行くタイプではなかったからだ。友人のH君が、なぜか僕にマイクを持たせた。彼は陽気な男で、悪気はなかった。僕は仕方なく、中学生の頃に録音していたあの曲を、二十年ぶりくらいに歌った。歌ってみて、自分でもびっくりするくらい、似ていなかった。本人にも似ていないし、中学生の頃の自分の声真似にも似ていなかった。どちらにも似ていない、なんだかよくわからない音が、店の天井のスピーカーから降ってきた。H君は腹を抱えて笑った。「お前、すごいな」と言われた。何がすごいのか、いまだによくわからない。
機械が完璧に誰かの声を真似てくれるようになったとき、中学生はもう、ラジカセに向かって「ふぁすたうぃー」と歌わなくなるのだろうか。たぶん、なる人はなるし、ならない人はならない。
押し入れの奥に、中学生の頃のカセットテープがまだ何本か残っているはずだ。一度だけ、十年ほど前に取り出して、再生してみようとしたことがある。ラジカセの方が先に壊れていて、結局聞けなかった。あの灰色の箱を粗大ごみの日に出したのは、たしかそのすぐあとだ。
ラジカセを持って階段を降りたとき、頭の中で何かの曲が鳴っていたが、それが誰の曲だったか、もう思い出せない。










