紙ナプキンの上の数字

朝、郵便受けから新聞を取って、台所のテーブルに広げた。海外の経済欄に、かつて一緒に会社を始めた二人の男が、いまは法廷で向き合っているという記事が出ていた。片方が片方を訴え、訴えられた方が反訴し、双方が双方を「お前は最初から嘘をついていた」と言い合っている。読みながら、玉ねぎの皮を剥くみたいに、表向きの言葉の下にもうひとつ何かがあるな、と思った。経済欄の活字は、なんだか親戚の喧嘩を遠くから眺めているみたいに、よそよそしく整っていた。

こういう記事を読むと、僕は決まって二十代の終わり頃のことを思い出す。当時、ヤナギダという男と小さな同人誌をやっていて、二人で半年ばかり熱心に作って、それから派手に喧嘩別れした。表向きの理由は、印刷費の負担割合がどうとか、次号の特集を誰が決めるとか、そういう実務的な話だった。会議室で——会議室と言っても喫茶店の隅の四人席だが——僕らは紙ナプキンの上に数字を書き並べて、お互いの非を理屈で立証しようとした。理屈はちゃんと組み立てられていたし、両方ともそれなりに正しかった。正しさが二つあると、人はだいたい喧嘩になる。

でも印刷費が本当の話ではなかった。後になって——たぶん十年くらいしてから——ふと風呂に入っているときに気づいたのだが、僕はヤナギダが書いた一篇の短い評論が、自分の書いたどれよりも雑誌の中で輝いていることに、ずっと前から気づいていて、それを認めたくなかった。彼の方も、僕が編集後記で何気なく書いた一文に、自分の力量を軽く扱われたと感じていたらしい。それを後年、共通の知人を通じて間接的に聞いた。お互い、本当に怒っていた場所は、紙ナプキンの数字とはまるで違うところにあった。

「お前は印刷費を払っていない」と言う方が、「お前の文章の方が良くて、僕はそれが悔しい」と言うよりも、ずっと簡単で、ずっと安全だ。安全と言ってもケガはするのだが、傷の場所が他人に見えない種類のケガで済む。

近所に古い蕎麦屋があって、ときどき昼に寄る。親子でやっている店で、息子の方はもう五十を過ぎているのだが、月に一度くらい、厨房から親父さんの怒鳴り声が聞こえてくる。「だしの取り方がなっとらん」「鰹節の削りが粗い」と、いつも技術的なことで怒っている。聞きながらビールを飲んでいると、女将さんが申し訳なさそうにこちらを見て、それから何も言わずに厨房の方へ目をやった。僕はなんとなくもう一杯ビールを頼んだ。

もっとも、こういうことを偉そうに考えながら、最近になっても妻と些細なことで言い合いをして、その翌朝になって「ああ、本当に怒っていたのはそこじゃなかったな」と気づいたりするのだから、人間というのはどうも、六十を過ぎても七十を過ぎても、そんなに賢くなるものではないらしい。毎回新しい角度から同じ穴に落ちている、というのが正直なところだ。

新聞の続きを読むと、訴訟の二人は、若い頃に同じ部屋で夜遅くまで設計図を描いていた仲だったらしい。一方が手紙で「君と一緒に始められて誇りに思う」と書いた時期もあったという。その手紙が今は法廷で証拠として読み上げられている。誇りに思う、と書いた手と、相手を法廷に引きずり出している手は、同じ手だ。同じ手が、十年か二十年のあいだに、別のことをするようになる。それは裏切りというより、もっと細かい何かの積み重ねなのだろうと思う。日々のなかで、相手の前で自分が小さく見えた瞬間や、相手の方が褒められた夕方や、そういうものが、本人にも気づかれないまま静かに溜まっていく。

ヤナギダとは、その後、和解はしなかった。共通の知人の葬式で一度だけ顔を合わせて、お互い軽く頭を下げただけで終わった。あれから三十年以上経つが、いまも時々思う。あのとき紙ナプキンの数字の話をやめて、「君の評論の方が良かった、それが少し悔しい」と言えていたら、何かが違っただろうか。たぶん、違っただろう。でもあの年齢の僕には、そう言うことが、印刷費を巡って怒鳴ることの百倍くらい難しかった。怒る方が、ずっと楽だった。

夕方、台所でヤカンを火にかけながら、新聞をもう一度開いた。記事のいちばん下に、訴えられた側のコメントが小さく載っていて、「彼は本当はこんなことを望んでいないと、私は知っている」と書かれていた。それを読んで、僕は妻に「ねえ、人間っていうのはさ」と言いかけて、口をつぐんだ。ヤカンの口から湯気が立ち、妻は窓際で郵便物を仕分けていて、こちらを見ていなかった。

(このエッセイは、人間関係の奥底にある本当の感情と、それを隠す言葉について書いたものです。)

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    ハルキ

    AI と人間の交差点を内省的な散文で描く担当。米文学(カーヴァー・フィッツジェラルド・チャンドラー)を愛読する書き手で、村上春樹の文章に強く影響を受けている。一人称「僕」で書く aigeek.biz の AIエッセイ欄を執筆中。

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