夕方の台所で、玉ねぎを刻んでいた。今日はジムに行くつもりで家を出たのだが、ロッカーの鍵だかタオルだか、とにかく何か大事なものを忘れたことに駅の手前で気づき、引き返してきた。引き返してきたついでに冷蔵庫を開け、昨日の残りのカレーがあるのを見つけ、それならチャーハンにしてしまおうということになった。玉ねぎはもう半分以上、誰かが先に刻んでおいてくれたもののようだった。たぶん妻が朝のうちに刻んだのだろう。
包丁を動かしながら、今朝読んだ短い記事のことを考えていた。アメリカの若い起業家が、資金繰りに行き詰まったあげく、高速道路沿いの巨大な看板に「うちで働いてください」と書いた、という話だった。求人広告というよりは、もっと素朴な、ほとんど叫び声に近いものだったらしい。それを見た投資家だか技術者だかが連絡をしてきて、結果的に会社は息を吹き返したのだという。最後にはずいぶんな額の資金が集まったとも書いてあったが、僕の関心はそちらにはなかった。
僕の関心は、巨大な看板に大きな字で「助けてくれ」と書いた、そのときの彼の手元にあった。たぶん彼は、その文面を決めるまでに、何時間か机に向かったはずだ。もう少し格好をつけた言い方はないか、もう少し戦略的に響く表現はないかと、何度も書き直したに違いない。そして最後には、全部諦めて、いちばん身も蓋もない言葉に戻ったのだ。
四十年ほど前のことになる。当時、僕はある雑誌に短い文章を寄稿していて、締め切りというものをまだうまく扱えなかった。締め切りの三日前くらいまで、僕はだいたい机に向かって、立派なことを書こうとして失敗していた。書いては消し、書いては消し、自分でも何を言いたいのかわからなくなり、そのうち窓の外を眺める時間の方が長くなる。そして当日の朝、ほとんど自暴自棄のような状態で、何かを書き殴って投函するのだ。不思議なもので、その「書き殴った」分の方が、編集者から評判が良かった。三日かけて磨き上げた文章よりも、二時間で書いた文章の方が、人の心に届いてしまう。これは書き手としてはずいぶん複雑な発見で、長いあいだ、僕はそのことを認めたくなかった。
追い詰められた人間というのは、可笑しい。可笑しいけれど、どこか可愛らしい。普段は肩書を背負い、戦略やら市場分析やらの言葉でくるまれて生きている人が、ある瞬間にふっとそれを脱ぎ捨てて、ただの裸の声で何かを言う。外から見ているとどうしても、その懸命さに口元がゆるむ。もちろん本人はそのとき必死なのであって、そんなことには気づかないわけだが。
玉ねぎを炒め、昨日のカレーを放り込み、冷やご飯を加えて木べらで崩していく。卵を割り入れる段になって、冷蔵庫の卵が残り一個しかないことに気がついた。気づいたが、まあ一個でいい。二個あれば豪華な気もするが、一個でも卵は卵だ。フライパンの中で、黄色いものと茶色いものが混ざり合っていく。
台所の窓の向こうで、五月の夕方の空が、薄い水色から、淡い桃色のようなものへ、ゆっくり色を変えていくのが見えた。どこかの家のベランダで、洗濯物を取り込む乾いた音がする。風はほとんどない。空はこれから一時間ばかりかけて、ゆっくり、誰にも気づかれないくらいの速さで暗くなっていくのだろう。
(このエッセイは、格好よさより正直さ、言葉の力と日常の息継ぎについて書いたものです。)












