朝、新聞を畳もうとして、紙の端に印刷された小さな記事に目が止まった。インドの音声認識AIが「ヒングリッシュ」を学び始めた、というような話だった。ヒンディー語と英語の混じった言葉のことを、向こうではそう呼ぶらしい。記事は短く、横にはコーヒー豆の広告が出ていた。僕は新聞をそのまま膝の上に置いて、しばらく窓の外を見ていた。庭の隅で、隣の家の猫が何かを真剣に観察していた。たぶん虫だろうと思う。
三十年ほど前のことだったか、僕は妻と二週間ばかりインドを歩いたことがある。あの旅のことはあまり書いてこなかった。書こうとすると、なぜか言葉が逃げていくのだ。お腹をこわして三日間ホテルから出られなかったことや、列車のチケットを二度買わされたことや、街角で聞いた音楽のことは覚えているのだが、それらをひとつの話として束ねようとすると、どうしてもうまくいかない。まあ、旅というのはたぶんそういうものだ。
ある午後、デリーの裏通りの小さなチャイ屋で、僕はガラスのコップに入った甘い茶を飲んでいた。隣のテーブルに、二十代と思しき青年が三人座っていて、彼らは大きな声で何かを話していた。最初、僕は英語だと思った。次に、ヒンディー語だろうと思い直した。それからしばらくして、どちらでもない、というか、どちらでもある何かなのだとわかった。一つの文の途中まで英語で進んで、急に別の言葉に切り替わり、また英語に戻って、笑い声で一区切りつく。「Yesterday僕の従兄弟が」というような調子で、しかも誰もそれを不自然だとは思っていない。
あれは奇妙な経験だった。意味は半分くらいしかわからない。けれど、彼らが何かをからかっていて、誰かが反論していて、別の一人が両方を笑い飛ばしている、その温度のようなものは、はっきりと伝わってきた。言葉というのは、意味の運搬車であると同時に、温度の運搬車でもあるのだと、僕はそのときぼんやり思った。あるいはそれは後から思ったことで、その場ではただ、甘いチャイを飲み終えて、おかわりを頼んだだけだったかもしれない。
もっとも僕という人間は、外国語というものをいくつか齧ってはみたものの、どれひとつとして自分のものにできなかった半端者で、これはたぶん才能というよりは性格の問題だろうと思っている。一つの言語の中で律儀に正しくあろうとしすぎるのだ。混ぜることができない。子どもの頃、味噌汁にご飯を入れて食べる父を見て、なぜそんなに行儀の悪いことをするのかと真剣に憤慨した記憶があるが、僕の言語観もたぶんそれに近い。
近所に小さな電器屋がある。ジューサーミキサーが壊れたので持っていったら、店主が「これね、モーターのcoilがね、もう寿命なんですよ。replaceするしかない」と言った。彼は七十は超えているはずだ。若い頃に三年だけ船員をしていたと、前にちらっと聞いたことがある。三年でも、たぶん十分だったのだろう。彼の口の中では、日本語と英語が並んで暮らしていて、互いに目立った遠慮もなく、しかし喧嘩もしていない。「replaceするしかない」と言うときの彼は、断罪しているのではなくて、むしろ修理屋として申し訳なさそうな顔をしていた。僕はその「replace」という単語が、なぜかとても優しく聞こえて、少し可笑しくなった。
言葉の混ざり目というのは、たぶん、そこで生きている人の生活の継ぎ目なのだと思う。船員時代に身につけた英語と、日本に帰ってから四十年使ってきた日本語が、彼の中で一枚の布になっている。きれいに織られた布ではない。継ぎはぎだ。けれど継ぎはぎには継ぎはぎの強度というものがある。一枚の真新しい布よりも、長く使えるかもしれない。
先週末、知り合いの若い男の送別会があった。結婚して海外に発つのだという。会場には彼の友人のフィリピンから来た青年も来ていた。彼は日本語と英語とタガログ語を、まさしくチャイ屋の青年たちのように混ぜて話した。「これね、おいしいですよ、try してみてください、これ、本当に、my favorite」というような調子だ。彼が話すと、テーブルの空気がほんの少し軽くなった。言葉が完璧でないことが、むしろ場の警戒を解いていた。新郎の父親が挨拶の途中で言葉を詰まらせて、目を赤くしたとき、その青年が真っ先に「Papa, daijoubu」と小さな声で言った。あれは何語だったのだろう。たぶん、あの場でしか通じない言語だった。
AIがヒングリッシュを学び始めたという。それはたぶん、技術的にはとても難しいことなのだろう。一つの規則の中で動くことに慣れた機械が、二つの規則を同時に、しかもいい加減に行き来する話し方を理解しなくてはならない。継ぎはぎの布の縫い目を、機械が縫えるようになる。それは少し可笑しく、少しありがたいことのような気もする。
ところで、あの送別会で僕がもらったお土産の包みを、昨日になって妻が開けたところ、中に小さな手紙が入っていた。日本語で丁寧に書かれた、感謝の手紙だった。最後の一行だけが、なぜか英語になっていた。たぶん照れたのだと思う。妻はそれを読んで、台所で少し笑っていた。僕も笑った。それで、紅茶を入れることにした。本当はコーヒーが飲みたかったのだが、なんとなく、紅茶という気分だった。砂糖は入れなかった。
(このエッセイは、AIがヒングリッシュを学習し始めたというニュースを入口に、言語の混ざり目に宿る生活と温度について書いたものです。)












