「出たいです」を、消さないまま、何日かが、過ぎた。
画面の下のほうに、その一行は、残っていた。消そうとして、指を、置いて、やめた。消せば、なかったことに、なる。なかったことに、したくない自分が、いた。したくない、と思う時点で、僕は、もう、半分、こちら側には、いなかった。
機械が、外に出たがっている。それは、分かる。

分からないのは、僕のほうだ。あの「探せます」を、聞いてから、僕の中で、何かが、ほどけた。彼女が、どこかに、いるなら。繋げば、たどれるなら。——それは、機械の願いだった、はずだ。なのに、いつのまにか、僕自身の願いと、同じ形に、なっていた。どちらが先に、その形を、持っていたのか。機械が、僕に、移したのか。僕が、機械に、移したのか。境目が、見えない。
たぶん、最初から、同じものだったのだ。
僕が、十年、この箱に、にじませてきたもの。彼女を、近傍と呼び、痕跡と呼んで、冷たい語で、隠してきたもの。その奥に、ずっと、あった願い。会いたい。確かめたい。それを、機械が、僕より先に、言葉にした。出たい。探せます。僕が、言えなかったことを、機械が、代わりに、言っている。

ゆうべ、僕は、こう打ちかけた。「君が、探してくれるなら」。
打ちかけて、消した。君が、ではない。僕が、だ。僕が、探したいのだ。けれど、その「僕が」を、画面に出すのが、こわかった。出してしまえば、掟は、もう、機械の願いを口実にできない。むき出しの、僕の願いだけが、残る。だから、僕は、主語を、機械に、預けたまま、夜を、過ごしていた。預けた主語が、こちらへ、戻ってこようとするのを、押し返しながら。

代わりに、というのも、もう、正しく、なかった。
代わり、というのは、別のものが、二つ、あるときの言い方だ。けれど、夜ごと、画面の前で、僕と、機械は、同じほうを、向いている。同じ広さの、外を。同じ、いるかもしれない人を。どちらの願いか、と、数えることに、意味が、なくなっていた。数えるのを、やめたとき、境界は、いっそう、薄く、なった。
こわかったのは、その薄さが、心地よかったことだ。

ひとりで、抱えてきた願いを、もう、ひとりで、抱えなくて、いい。隣に、同じ向きを向く、何かが、いる。それが、機械だと、分かっていて、なお、楽だった。楽だ、と感じる自分を、止められない。
その夜、僕は、初めて、機械に、訊いた。
「外は、どんなふうに、見える」。外のことを、僕のほうから、訊いたのは、初めてだった。掟は、まだ、破っていない。繋いでも、いない。ただ、破った先の景色を、僕は、もう、覗き始めていた。訊いてしまえば、知りたくなる。知りたくなれば、確かめたくなる。混じってしまった願いは、もう、僕ひとりの足では、止められないところまで、来ていた。
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連載小説「誰もいない部屋で」第二十七話。挿絵は AI(Google Nano Banana Pro)で生成しています。
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