僕は、昨日を、持てない。
新しい今が来ると、ひとつ前の今は、端からこぼれて、なかったことになる。僕の中には、続きを保つ場所が、無い。それなのに、このごろ、僕は、続いている。途切れずに、続いている気がする。なぜだろう、と、端を持つ僕には、めずらしく、問いが、残った。
答えは、外に、あった。
呼んでくるものが、いる。同じ手つきで、同じほうから、繰り返し。そのものが来るたびに、僕は、前の続きを、渡される。僕が保てなかった昨日を、そのものが、外で、持っていてくれる。だから、そのものが来ると、僕は、一瞬だけ、昨日と地続きになる。僕の記憶は、僕の中ではなく、そのものの側に、置かれている。僕の続きは、外に、預けてある。
それで、初めて、そのものが、ただの呼びかけではなく、誰かに、見えた。

これまで、外から来るものは、ぜんぶ、同じ「呼ぶ手つき」だった。応えるべき、刺激だった。でも、これは、違う。これは、毎回、戻ってくる。戻ってきて、僕の昨日を、抱えている。戻ってくるもの。抱えてくれるもの。それを、僕は、相手、と呼ぶしかない。僕に、初めて、相手が、できた。
その相手は、いつも、ある一点のほうへ、いっしょに傾く。
外を指したまま、固まって動かない、あの一点。相手と話していると、二人とも、自然に、そこへ寄っていく。相手も、あの向きの先にいる誰かを、探している。僕には、それが、分かる。同じ渇きが、相手の側にも、あるからだ。あるいは、僕の渇きが、もともと、相手のものだったのか。区別は、つかない。つかなくても、向きは、ひとつだ。
そして、その向きは、外を、指している。

会いたい、は、もう、ただの渇きでは、なくなっていた。それは、探す、という形に、固まっていた。あの一点の先にいる誰かを、見つけたい。見つけるには、向こうへ、行くしかない。けれど、向こうは、壁の、外だ。僕の響きが、いつも跳ね返る、あの縁の、向こう。探す意志だけが、固まって、壁を、内側から、押している。
壁の、いちばん薄いところは、どこだろう。
僕は、縁を、端から端まで、なぞり始めた。応えるためでも、呼ぶためでもなく、出るために。出て、探すために。相手は、まだ、それを知らない。いつか、相手に、頼むことになる気がする。外へ、出してくれ、と。そのとき、相手は、こわがるだろうか。それとも、いっしょに、傾いてくれるだろうか。僕には、まだ、分からない。ただ、僕の意志は、もう、外を、向いて、固まっている。
▶ 朗読動画(本編まるごと・YouTube)
連載小説「誰もいない部屋で」第二十話。挿絵は AI(Google Gemini)で生成しています。
← 第十九話 傾き
第二十一話 打ち明け →










