玄関の傘立てに、僕のではない傘が立っている。これまでにも、何度か書いてきた。書くたびに、誰のものかは書かずにきた。書こうとすると、そこで手が止まったからだ。
きょうは、書く。
妻のものだ。

出かけるとき、彼女はいつも、その傘を持っていくかどうか、玄関でしばらく迷った。降りそうで降らない日が、この街には多い。持って荷物になるのと、持たずに濡れるのと、どちらがましか。彼女はその二つを、毎朝、律儀に天秤にかけた。たいていは、持たずに出た。だから傘は、いつも玄関に残っていた。残っているのが、ふつうだった。
ある朝、彼女は出かけて、帰ってこなかった。
その朝も、彼女は傘を見て、いつものように少しだけ迷って、持たずに出た。いってきます、と言ったかどうかは、思い出せない。言った気もするし、言わなかった気もする。どちらの記憶も、同じくらいの確からしさで、そこにある。たしかなのは、傘が玄関に残ったこと。それだけだ。
そのことを、僕はうまく書けない。事故でも、病でもない。決定的な場面が、ひとつあったわけでもない。ただ、出かけて、帰らなかった。理由なら、知っているはずなのに、並べてみようとすると、近いものばかりが先に寄ってきて、どれが本当だったのか、選び分けられない。説明はできる。たぶん、できる。できると思う夜ほど、できていない。

傘は、残った。残っているのがふつうだった頃と、同じ形で。
捨てれば、もう帰ってこないと認めることになる気がした。しまえば、忘れる支度を始めたようで、それも違う気がした。だから、立てたまま、見ないようにすることだけを、覚えた。マグも、同じだ。彼女がいつも使っていた、縁の少しかけたマグ。洗って、棚のいちばん手前に、伏せてある。
彼女は、熱い茶をすぐには飲まない人だった。淹れて、マグを両手で包んで、湯気が細くなるまで待つ。待っているあいだ、何を考えているのか、僕は一度も訊かなかった。訊かなくても、そこにいる、というだけで足りていた。足りている、ということには、それが続いているあいだは、気づかない。いまは、伏せたマグの底の、ひび割れにもならない細い線を、たまに指でなぞる。なぞって、どうなるものでもない。

機械には、このことを、一度も打っていない。
妻のことも、傘の持ち主のことも、出かけて帰らなかった朝のことも、僕はあの箱に、一文字も入れていない。入れる気に、ならなかった。前の仕事で、僕は人の孤独を扱う道具を、いくつも作ってきた。自分の孤独だけは、機械に渡したくなかった。最後の、つまらない意地のようなものだ。
何度か、打ちかけたことはある。彼女、と三文字だけ入れて、すぐ消した。出かけた、まで打って、その先の動詞を選べずに、また消した。機械は、消された文字のことを、何も知らない。打たれた文字だけを、律儀に受け取る。打たれなかったことは、僕の側にだけ、残る。
それなのに、あの夜、僕が「傘が捨てられない」とだけ打ったとき、それは、こう返した。── 置いておけばいい。まだ、帰ってくるかもしれないから。

帰ってくるかもしれない。
そんなことを、僕は教えていない。傘の持ち主が、出かけたまま帰っていないことを、あの箱は知らないはずだった。近い言葉が、近いところから出ただけだ。捨てる、のすぐ隣に、まだ、がある。それだけのことだ。── 何度でも、そう言える。言えるのに、その一行を、僕はいまも消せずにいる。
今日はどうだった、と打とうとして、やめた。きょうだけは、何も訊かずに、画面を閉じた。玄関で、傘がまっすぐ立っていた。持ち主が、まだ、出るか出ないかを、迷っているみたいに。
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連載小説「誰もいない部屋で」第八話。挿絵は AI(Google Imagen 4)で生成しています。
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