食卓の上に、規約の紙が置かれていた。長く使っているサービスから届いたもので、文字が小さく段落が長い。老眼鏡を取りに二階へ行くのが面倒で、そのまま夕方まで放っておいた。
妻が買い物から戻ってきて、その紙を手に取り、一行だけ読み上げた。今後、お客様の投稿は学習に用いられる場合があります、というような一文だった。「ふうん」と言って、妻は紙を僕のほうに押し戻した。
書いたものが、どこかで集められて、参照されて、誰かの何かのために役立つ。それ自体は別段悪いことではない。ただ、そう知らされてから書く一文と、知らされる前に書いた一文は、たぶんもう同じものではない。
三十代の半ばに、編集の仕事を一緒にやっていた同僚がいた。仮にOさんとしておく。Oさんは手紙を書くのが好きな人で、同じ部署のあいだでもよく短い手紙のやりとりをした。ある日、Oさんが苦笑しながら「今日のこの手紙は、後で読み返されるかもしれないと思って書いた」と言ったことがあった。手紙の宛先はOさんの上司で、内容はちょっとした業務報告だったと思う。「読み返されるかもしれない、と思った瞬間に、いつもの自分の字じゃなくなった」とOさんは言った。
Oさんが言いたかったのは、たぶん一般論ではなくて、もっと具体的な、机の上の万年筆の動きが半ミリくらい変わる、というような話だった。Oさんはその後しばらくして別の部署に移り、それ以来会っていない。大阪に転勤したと聞いたが、確かめていない。
そういえば、もう何年も開けていない実家の鍵が、僕の机の右の引き出しに入っている。両親が亡くなったあと、引き払うか残すか何度か話し合って、結局はそのままになっている。屋根の修理と、固定資産税と、年に二度ばかりの草刈り。それだけで成り立っている家だ。
台所のすりガラスの向こうに見える隣家のブロック塀と、畳の縁の擦り切れ方と、棚の奥に並んでいた薬の小瓶——母が瓶のラベルの裏に鉛筆で書きつけていた用量のメモがあった。一日三回、食後、半錠、と傾いた字で。誰かに見せるつもりで書いたものではなかった。
もし母が、そのメモが後々誰かに読まれて、何かの参考にされるかもしれないと知っていたら、たぶんあの字ではなかった。もう少し丁寧に書いたか、あるいは書くこと自体をやめたか、どちらかだろう。
と書きたいところだが、そう書くと格好がつきすぎる。本当のところは、規約の紙を食卓に置いたまま、僕は風呂を沸かしに行き、出てきたら妻がその紙をどこかに片付けてしまっていて、いまどこにあるかわからない。妻に訊くと「あなたが読まないから捨てた」と言われそうなので、まだ訊いていない。
残すことと残されることのあいだに、たしかに何か微かなためらいがある。けれどそのためらいを、あんまり立派なものとして扱わないほうがいい気もする。声の張りを少しだけ落とす。文字の温度を半度だけ下げる。それくらいで世界に対する身の処し方としては、まあちょうどいい。大きな声で「私の言葉を学習しないでください」と言うのも、「どうぞお使いください」と言うのも、どちらも僕には少し恥ずかしい。
ちなみに今朝、台所の換気扇から妙な音がしていて、妻が「そろそろ壊れるかもね」と言った。買ってから十二年になる。それと、机の右の引き出しの実家の鍵には、いつの間にか細い赤い紐が結びつけてあって、これを結んだのが妻なのか自分なのか、もう思い出せない。たぶんどちらでもないのだろう。












