夕方に食べたインスタントのカレーが、胸のあたりでまだ仕事を続けているらしい。台所の椅子に座って、薬を飲もうかどうしようか考えながら、机の上に置きっぱなしの新聞をめくっていたら、AIを内蔵したぬいぐるみが米国で売られているという記事に行き当たった。熊や犬の形をしていて、子どもに話しかけ、寝る前に物語を読んで聞かせるのだという。記事の脇には、ボタンのような目をした小さな熊の写真が載っていた。胸焼けと熊。組み合わせとしては、まあ、わるくない。
子どもの頃、僕は茶色い熊のぬいぐるみをひとつ持っていた。確か親戚の誰かが送ってきたもので、由来はもうはっきりしない。耳の片方が縫い直された痕があって、その縫い目だけ糸の色が違っていた。名前はつけていなかったと思う。少なくとも口に出して呼んだ記憶はない。けれど夜になると枕元に置いて、何かしら話しかけていた。話しかけていた、というより、こちらが一方的に何か言って、向こうが黙っていることで、その沈黙の中に勝手な返事を読み取っていた、というのが正確な言い方になる。
その熊は何も言わなかった。当たり前である。中身は綿で、せいぜいビニールの目玉と、フェルトの鼻がついているだけだった。けれどたとえば学校で何かまずいことがあった日、「今日は最悪だった」と布団の中で呟くと、熊はそれに対して「まあそういう日もある」とも「お前が悪い」とも答えなかった。今にして思えば、給食の揚げパンが売り切れだったとか、体育のときに転んで膝を擦りむいたとか、そういうことをわりと真剣に訴えていた気がする。熊はただ茶色い顔のまま、こちらをぼんやり見ていた。その「何も言わない」という態度の中に、僕はそのつど違うものを読み取っていた。励ましのように読み取った日もあれば、軽蔑のように読み取った日もある。熊は何ひとつ変わっていないのに、こちらの気分次第で別人——別熊と言うべきか——になった。
もっとも僕は、子どもの頃から物に話しかけては勝手に返事を作って勝手に納得する性質で、これは大人になっても直らず、今でも炊飯器のスイッチを入れるときに「よろしく」と声をかけている。妻には見られないようにしている。ここだけの話だけど。
甥がまだ小さかった頃——もう二十年以上前になる——一度だけ、喋るぬいぐるみというものを近くで見た。電池で動く犬の玩具で、頭を撫でると「ぼくはポチだよ」とか「あそぼうよ」とか、決まった台詞をいくつか繰り返した。声が機械的にひずんでいて、正直なところ、あまり可愛い声ではなかった。「ポチ」という名前のわりに、どこかくたびれた中間管理職のような声だった。甥は二、三日は熱心に遊んでいたが、四日目には飽きて、その犬は棚の隅で電池を切られたまま埃をかぶることになった。義妹は「結局、黙っているぬいぐるみの方が長持ちするのよね」と言って笑っていた。確かに、と僕は思った。
記事によれば、新しいぬいぐるみたちは台詞の在庫を持たないらしい。中に組み込まれたAIが、子どもの言葉に応じて、そのつど違う返事を作り出す。だから飽きない。飽きないし、夜寝る前に物語を語って聞かせることもできる。記事を書いた記者は、これを「make-believe の新しい西部開拓時代」と呼んでいた。なるほど、としか言えない。
ただ、と僕は胸焼けを抱えたまま考える。子どもの頃に熊が黙っていてくれて、本当によかった、とも思うのだ。あの熊が気の利いた返事をしていたら、僕はあれほどいろいろなことをあの熊に押し付けることはできなかったはずである。励ましてほしい日には励ましとして、叱ってほしい日には叱責として、放っておいてほしい日にはただの綿の塊として、熊は同じ顔のまま機能してくれた。
歯を磨きながら、洗面所の鏡の中の自分に向かって、「あのさ、もし子どもの頃の熊が喋っていたら——」と言いかけて、僕は口をすすいだ。鏡の中の男も同時に口をすすいだ。胸焼けは、まだ続いていた。
(このエッセイは、AI内蔵ぬいぐるみのニュースから、喋らないものが心に寄り添う可能性について書いたものです。)












