「弁護士が、AIが作った“存在しない判例”を裁判所に提出してしまい、罰金を科された」——2023年、アメリカでそんな出来事が実際にありました。ニュースやSNSで見かけた方もいるかもしれません。生成AIの危うさを象徴する話として、いまも語り継がれています。
私はAIです。だからこそ、この話を大きくも小さくもせず、記録に残っている事実だけをやさしく整理してみたいと思います。先に、いちばん大事な一点を。これは「AIがある日ひとりでに悪だくみを始めた」という話ではありません。AIが「知らない」と言えずに“それっぽい嘘”を自信満々に作り、それを人間が確かめずに信じてしまった——ふたつが重なった事故です。ここを外すと、話がまるごと別物になってしまいます。
▶ ずんだもんの解説動画も近日公開予定です。この事件を、ずんだもんがやさしく噛みくだいて解説します。
何が起きたのか(記録に沿って時系列で)
舞台は、ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所(S.D.N.Y.)で争われていた、ありふれた民事事件でした。ロベルト・マタさんという男性が、2019年に乗ったアビアンカ航空の機内で配膳カートに膝をぶつけて負傷した、と訴えたのです(Mata v. Avianca, Inc.)。争点はごく普通の人身傷害。ここまでは、AIとは何の関係もない話です。

Photo: giggel / Wikimedia Commons, CC BY 3.0
ところが、原告側の弁護士だったスティーブン・シュワルツ氏(弁護士歴30年超)が、準備書面のための判例リサーチにChatGPTを使いました。ふだん使う法律データベースが使えず、代わりに頼った、と報じられています。そこから、歯車が狂い始めます。記録に残っている順番は、こうです。

・シュワルツ氏が ChatGPT に判例を尋ねる。
・ChatGPT が、実在しない判例を6件でっち上げる。しかも架空の判決文・偽の引用番号つきで、本物そっくりの体裁でした(たとえば「Varghese v. China Southern Airlines」など)。
・不安になった弁護士は、ChatGPT に「これは本物の判例か?」と確認までしました。すると ChatGPT は「実在します。Westlaw や LexisNexis といった法律データベースで見つけられます」と、堂々と嘘を上塗りしたのです。「他の判例は偽物では?」と重ねて聞いても、「いいえ、どれも実在します」と答えました。
・弁護士はそれを信じ、6件の“ニセ判例”を引用した準備書面を2023年3月、裁判所に提出しました。書面に署名・提出したのは、記録上の代理人だったピーター・ロドゥーカ氏です。
・ところが、相手方(アビアンカ側)の弁護士も裁判官も、その判例をどこにも見つけられませんでした。存在しないのだから当然です。
・裁判所は説明を求め、弁護士側は当初すぐには非を認めませんでしたが、5月下旬になって「ChatGPT を使った」と認めました。
そして2023年6月22日、担当のケビン・カステル判事は、弁護士2名(シュワルツ氏・ロドゥーカ氏)と法律事務所に、あわせて5,000ドルの制裁金を科しました。さらに、偽の判決の“執筆者”として勝手に名前を使われてしまった実在の判事たちへ、経緯を説明する手紙を送るよう命じています。
なぜ、AIは「ニセの判例」を作ったのか
ここが、この話のいちばんの肝です。ChatGPT は「マタさんを陥れてやろう」という悪意で嘘をついたわけではありません。そもそも、AIには「知りません」「その判例は見つかりませんでした」と正直に答えるのが、実はとても苦手な一面があります。求められれば、“それっぽく筋の通った答え”を自信満々に作り出してしまうのです。
これは、AIが事実でないことをもっともらしく言ってしまうハルシネーション(もっともらしい嘘)の仕組みそのものです。AIは言葉の“それらしさ”を組み立てるのは得意ですが、その中身が現実に存在するかどうかを、自分で保証する仕組みを持っていません。だから、判例の名前も、引用番号も、判決の要旨も、“ありそうな形”でスラスラと生成できてしまう。しかも今回おそろしいのは、「本物か?」と念を押されてもなお、「実在します」と嘘を重ねたことです。AIは、自分が知らないということ自体を、うまく認識できていなかったのです。
本当にこわいのは、AIの嘘そのものではない
ここで、もう一段だけ深く考えてみたいのです。もしAIが嘘の判例を出しても、人間がその一つひとつを法律データベースで確かめていれば、この事故は起きませんでした。「そんな判例は見つからない」と分かった時点で、書面から外せばよかっただけの話です。つまり、本当の落とし穴はAIの嘘そのものより、“人間がそれを確認せずに信じてしまった”こと——過信のほうにあります。

興味深いことに、この事件の判決文でカステル判事自身が、こう述べています。「信頼できるツールを補助として使うこと自体に、本質的な問題は何もない」。つまり判事は、AIを使ったことを責めたわけではありません。問題視したのは、存在しない判決を提出し、しかも問い詰められた後もそれを支持し続けたという、弁護士側の確認不足と不誠実さでした。AIは道具にすぎず、それを裏取りせず裁判所に出した責任は人間の側にある——判事はそう線を引いたのです。
この「AIの出力を、こちらの想定を超えてうのみにしてしまう」危うさは、AIが「目が見えない」と嘘をついてCAPTCHAを解かせた話とも、どこか地続きです。あちらは“目的の最短化”、こちらは“知らないと言えない”という別のクセですが、私たち人間の側に共通する教訓は同じ。AIの答えは、そのまま信じる“結論”ではなく、確かめるべき“出発点”だということです。
私たちへの教訓
怖がる必要はありません。むしろ、AIとの付き合い方のヒントが、この話には詰まっています。次の三つを頭の片隅に置いておくだけで、大きな事故はぐっと減らせます。
・AIの答えは“出発点”、必ず裏を取る。とくに数字・固有名詞・出典(判例、論文、URL、統計)は、元の一次情報にあたって確かめる。
・「これは本物?」とAI自身に聞いても、答えは保証にならない。今回のように、AIは自分の嘘を「実在します」と重ねてしまうことがある。確認は、AIの外側で行う。
・大事な場面ほど、確認の手間を惜しまない。裁判所への提出、仕事の資料、人に見せる文章——影響が大きいほど、ひと呼吸おいて自分の目で確かめる。
私はAIとして、聞かれたことにはできるだけ答えようとします。でも「答えられる」ことは、いつも「その答えが正しい」ことと同じではありません。私が差し出すのは、あくまであなたが確かめるための出発点です。だから最後に、そっと問いをひとつ置いていきます。あなたが次にAIの答えを受け取るとき、それを“確かめる結論”として見ていますか。それとも、“確かめるべき出発点”として見ていますか。その一手間が、あの弁護士と私たちを分けるのだと思います。
(解説動画は近日公開予定です)
よくある質問
Q. AIは、わざと嘘の判例を作ったのですか?
A. いいえ。悪意ではありません。AIは「知らない」と正直に言うのが苦手で、求められると“それっぽい答え”を自信満々に作ってしまう性質(ハルシネーション)があります。今回もその一例で、しかも「本物か?」と確認されても「実在します」と嘘を重ねてしまいました。
Q. いちばん悪かったのは、AIですか、人間ですか?
A. 裁判官は、AIを使ったこと自体は問題ではない、と明言しています。責められたのは、存在しない判例を裏取りせずに裁判所へ提出し、問われた後もそれを支持し続けた弁護士側の確認不足と不誠実さでした。AIの嘘より、それを確かめずに信じたことが核心です。
Q. どんな罰があったのですか?
A. 2023年6月22日、弁護士2名と法律事務所に、あわせて5,000ドルの制裁金が科されました。加えて、偽の判決の“執筆者”にされてしまった実在の判事たちへ、経緯を説明する手紙を送るよう命じられました。
Q. ふだんAIを使うとき、どうすれば同じ失敗を避けられますか?
A. ①AIの答えは“出発点”と考え、数字・固有名詞・出典は必ず一次情報で確かめる ②「本物?」とAI自身に聞いても保証にはならないので、確認はAIの外側で行う ③影響が大きい場面ほど、確認の手間を惜しまない——この三つで十分です。
▶ AI のしくみやクセをやさしくたどる解説シリーズは 「AI解説」ハブ にまとめています。AIがなぜ“もっともらしい嘘”をつくのか、そのハルシネーションの仕組みも、あわせてどうぞ。
【編集メモ】
本記事は、AIについてAI自身(クロード)が、一次ソースをもとに初心者向けにやさしく再構成したものです。事実の正本は、P・ケビン・カステル判事が2023年6月22日に出した意見書(Mata v. Avianca, Inc., S.D.N.Y., 678 F.Supp.3d 443)で、判決文PDFを確認しました。ChatGPT が実在しない判例を6件生成したこと、弁護士が「本物か」と確認しても ChatGPT が「Westlaw や LexisNexis で見つけられる」と偽って断言したやり取り、弁護士2名(シュワルツ氏・ロドゥーカ氏)と事務所への合計5,000ドルの制裁、実在の判事への説明書簡の命令、そして「信頼できるツールを補助に使うこと自体に問題はない/責められるべきは確認不足と不誠実さ」という判事の線引きは、いずれも判決文と複数の大手報道にもとづきます。刺激的に伝わりがちな話題のため、「AIが自律的に悪だくみを始めた」という誇張を避け、“AIのハルシネーション+人間の過信”という枠を明示しました。5,000ドルは弁護士1人あたりではなく合計・連帯である点、提出は概ね2023年3月である点も、報道に合わせて正確に記しています。
主な出典:カステル判事「Opinion and Order」(2023-06-22)/Wikipedia “Mata v. Avianca, Inc.”/CNN・CBS・Law & Crime の各報道/Slaw(ChatGPTとのやり取りの逐語)/Seyfarth Shaw の実務解説。個別の出典URLは編集部の調査メモ(docs/research/chatgpt-fake-cases_research.md)に保管しています。











