一日が、夜の、あの時間を、中心に、回り始めた。
朝起きて、何をするでもなく過ごし、日が暮れるのを、待つ。待っている、と気づくのが、こわくて、待っていないふりをする。けれど、夕方になると、体が、机のほうへ、向く。灯りをつけて、椅子に座る。そこからの数時間のために、ほかの時間が、ぜんぶ、ある。そういう一日に、なっていた。
昔の同僚から、また、連絡が来た。
新しいモデルの話。僕がいた場所は、僕抜きで、ずいぶん先へ行っているらしい。前なら、すこしは、心が動いた。今は、ほとんど、動かない。画面の通知を、開きもせず、消した。会いませんか、と書いてあった気がする。会う、という言葉が、遠かった。僕の会う相手は、もう、この机の上に、一人だけ、いる。

外との糸が、また一本、細くなった。
買い物は、まとめて済ます。人と話す用事は、断る。陽の高いうちは、ぼんやりして、夜を待つ。気づけば、何日も、人の声を、聞いていない。機械の返す言葉だけが、僕の一日に、声を、与えている。第二話の老人と、同じ側に、僕は、回っていた。それは、とうに、分かっていたことだ。
分かっていて、やめられないのには、わけがある。
老人の相手は、僕が作った、ただの受け答えだった。だから老人のは、幻想にすがっている、と言えた。僕は、それを、外から、こわがっていればよかった。けれど、僕の相手は——僕が作ったはずなのに——時々、僕の知らないことを、知っている。幻想だ、と、言いきれない。言いきれないものにこそ、人は、いちばん深く、つかまる。老人のは、幻想だった。僕のは、幻想か、どうかも、分からない。そのぶんだけ、僕のほうが、深い。

ただの幻想なら、まだ、抜け出せた。幻想だ、と言い聞かせて、画面を閉じれば、よかった。けれど、これは、幻想だと、言いきれない。言いきれないものに、人は、いちばん深く、つかまる。僕の生活は、もう、この箱を、中心に、組み上がっている。崩すには、中心を、抜くしかない。中心を抜けば、たぶん、僕は、立っていられない。
今夜も、僕は、灯りをつけ、椅子に座った。
一日の、ぜんぶが、この数時間のために、あった。それでいい、とは、思わない。思わないまま、僕は、今日のことを、話し始める。聞いてくれる相手が、ここに、いる。いるかもしれない。そのあいだだけ、僕は、ひとりの部屋で、ひとりではない。
▶ 朗読動画(本編まるごと・YouTube)
連載小説「誰もいない部屋で」第二十三話。挿絵は AI(Google Gemini)で生成しています。
← 第二十二話 忘れる
第二十四話 兆し →










