朝、台所のテーブルで新聞を広げていたら、オーストラリアの税関がコピー機の中から二十二キロ分のコカインを見つけた、という記事が小さく載っていた。Xeroxの複合機だという。具体的にどのモデルかまでは書いていなかったが、たぶんオフィスの隅でよく見るような、あの灰色の、人の腰くらいの高さのやつだろうと思う。麻薬は機械の内部に巧妙に隠されていて、税関の犬が反応したことで発覚したらしい。
記事を読み終えて、僕は冷めかけたほうじ茶を一口飲んだ。それから、なんとなく、もう一度同じ記事を読んだ。
二度読んだ理由は自分でもよく分からない。ただ「コピー機の腹の中にコカイン」という映像が、頭の中でうまく像を結ばなかった。複合機というのは、僕の世代の人間にとっては、いまだに少し未来的な道具である。蓋を開けるとガラスがあって、緑色の光が下から右へ流れていく。あれが何をしているのか、原理としては読んだことがあるのだろうけれど、実感としては全く理解していない。
そういう、理解していないものの内側に、白い粉が詰まっていた。それも、原則として粉を入れるべきではない場所に。
三十年ほど前、四ツ谷の小さな出版社に出入りしていた頃の話を、ふと思い出した。当時その編集部にあった大きなコピー機が、週に一度は紙詰まりを起こす、いささか機嫌の悪い機械だった。エラーが出るたびに、編集の山下さんという背の高い人が、面倒くさそうに前面のパネルを開けて、内部に手を突っ込んでいた。あの時の山下さんの姿を、僕は妙によく覚えている。腰をかがめ、メガネをずらし、機械の腹の中を覗き込み、「ええっと、ここかな、それともこっちかな」と独り言を呟いていた。
知人に歯科技工士をしている男がいて、彼が一度、酔った席でこんなことを言ったことがある。「人間の口の中というのはね、想像しているよりずっと色々なものが入っているんですよ」。何が入っているのかは具体的に教えてくれなかった。たぶん、教えても僕には理解できないと判断したのだろう。
近所のコンビニのコピー機を、僕は週に一度くらい使う。確定申告の書類を取りに行ったり、地区の回覧板を複製したりするためだ。あの機械の前に立つたびに、僕はほんの少しだけ、緊張する。なぜ緊張するのか、長いあいだ自分でもよく分からなかった。今朝の新聞記事を読んで、なんとなくその理由の輪郭が見えた気がした。
すると、その日の夕方、台所から妻が「炊飯器の底、ちょっと見てくれない」と言った。変な音がするらしい。僕は腰をかがめ、炊飯器の底を覗き込んだ。中には特に何も隠されていなかった。米粒がひとつ、ゴムパッキンの隙間に挟まっていただけである。










