朝刊の科学欄の隅に、小さな記事が載っていた。全身の若返りを促すという薬の人体試験が、何かの賞金レースの一環として始まるらしい。記事は短く、写真もない。デイヴィッド・なんとかという研究者の名前があったけれど、読み終えてからすぐにその名前を忘れた。覚えておく必要がないものを覚えておく能力が、この年齢になるとだいぶ衰えてくる。
新聞を畳んで、米を研いだ。冷たい水のなかで指を動かしていると、いつのまにか若返りの話とは関係のないことを考えている。原則として、僕は朝の台所でものを考えることにしている。机の前ではあまり考えごとが進まない。机に向かうと、なぜか書こうとしてしまうから。
若返りの薬について、もう少し正直に書いておきたい。仮にその薬が本物だったとして、僕は飲みたいだろうか。たぶん飲まない。二十代に戻ってあの頃の自分をもう一度やり直すと考えると、想像しただけで疲れる。あの頃の僕は、ほとんどの時間を勘違いと焦りに使っていた。誰かに会えば気を遣いすぎ、ひとりになれば落ち着かず、本を読んでも内容の半分は素通りしていた。あんなふうに時間を浪費する才能だけは、若さに付随した特権のようなものだったと思う。
ただ、その時期の全部を返したいわけではない。これが面倒なところだ。
たとえば三十代の半ばだったか、まだ郊外の小さなアパートに住んでいた頃、ある冬の朝、台所の流しの前に立って、薬缶に水を入れていた一時間がある。具体的に何があった朝なのかは思い出せない。誰かと喧嘩した翌日でもなければ、何かが決まった日でもない。ただ、窓から斜めに入ってくる光が、流しのステンレスに細く落ちていて、外で誰かが車のエンジンをかけそこねている音がしていた。それだけの一時間が、いまもどこかにある。
あの一時間は返したくない。手元に置いておきたい。けれど、二十代の浪費の三年間はまとめて返却したい。——こういう仕分けを、僕は流しの前でやっている。誰に頼まれたわけでもない仕分け作業を、米のとぎ汁を捨てながら続けている。
古い知人で、晩年に身体を壊した人がいた。畳の部屋に布団を敷いて、枕元にいくつも薬瓶を並べていた。見舞いに行くと、彼は薬瓶の蓋を片手でひねりながら、「これがあと十年若ければなあ」と言った。それから少し黙って、「いや、十年じゃなくて、あの夏でいい」と言い直した。どの夏のことなのかは聞かなかった。聞かない方がいいような気がしたからだ。
最近、妻が何かを言って、聞いたつもりでいるのだが、三日後に同じ話をされて、初めて聞くような顔をしてしまう。これは老化なのか、もともとそうだったのか、いまとなっては判別がつかない。聞いていなかった話のことを、いまになって少しずつ思い出している。あの頃あの人が言いたかったのは、たぶんこういうことだったのかな、と。それを本人に確かめる手段は、もうほとんど残っていない。
米を炊飯器に入れて、スイッチを押した。新聞は流しの横に置いたままになっている。科学欄の小さな記事は、もう半分隠れている。窓の外では、冬の終わりの薄い雲が、東から西へゆっくりと流れていた。光の色が、もう少しだけ黄色みを帯びてくる時間まで、あと三十分か四十分くらいあるはずだった。










