図書館で借りてきた雑誌をめくっていたら、都市にも脈拍のようなものがある、という記事に行き当たった。世界のあちこちの街を観測すると、人の流れや明かりや音の出方に三つの規則的な波があって、それが心電図みたいなギザギザを描くらしい。原文は英語で、翻訳の仕事をしている知人から借りた雑誌だから、僕が正確に理解できているかは怪しいのだけれど、要するに「街は生きているように動いている」という話のようだ。
記事自体はそれほど長くなかった。けれど僕は、その短いページを読み終えてから、しばらくのあいだ手元の湯呑みを置けずにいた。湯呑みの中の茶はもうほとんど冷めていて、底に細かい茶葉が一枚、貼りついていた。
二十代の半ばに、東京の郊外の小さなアパートに住んでいたことがある。木造で、二階の角部屋で、台所の床がほんの少しだけ傾いていた。冷蔵庫の上に置いた湯呑みは、こちらが何もしなくても少しずつ手前に滑ってくる。半年ほど暮らしてようやくその傾きに気づいたとき、僕はなんとなく感心した。感心するようなことでもないのだが。
そのアパートから歩いて五分ほどのところに、細長い商店街があった。八百屋と、煙草屋と、洋品店と、判子屋と、それから店名の読めない古い喫茶店が、ひとかたまりに並んでいた。両側合わせて二十軒くらいだったと思う。日が暮れるとアーケードの蛍光灯が一斉に点いて、夜の九時にはほとんどの店がシャッターを下ろした。
仕事から帰って、本を読んで、また少し本を読んで、それでも眠れない夜には、サンダルをつっかけて商店街まで歩いた。だいたい夜中の二時半か三時ごろだったように思う。
誰もいない。当たり前といえば当たり前なのだけれど、その「誰もいなさ」がひどく具体的だった。シャッターが全部下りていて、判子屋の前の自販機だけが青白く光っていて、その光のなかに小さな羽虫が三匹くらいゆっくり旋回していた。八百屋の前には木箱が積まれたままで、そこに猫が一匹、ちょこんと座っていた。痩せた、白と茶のぶち猫で、目を細めて僕の方を見ていた。何度通っても、同じ場所に同じ猫がいた。
深夜の商店街には、ほかにも昼間には見えないものがいくつかあった。洋品店のシャッターに、誰かが小さく「サチコへ、悪かった」と油性ペンで書いていた。シャッターが上がっているあいだは、その文字は内側に隠れている。下ろされて初めて、外に向かって読めるようになる。サチコさんが何月何日に何を読まされたのかは知らないし、書いた人と読むべき人の関係も僕にはわからない。
消えかけた看板もあった。「中華そば」の「華」の字だけがほとんど消えていて、「中・そば」と読める。その店は僕の知るかぎりずっと閉まったままで、隣の自販機の光が斜めに当たって、消えかけた文字が、消えかけたまま浮かびあがっていた。
朝の七時に同じ場所を通ると、もうそういうものは見えなくなっていた。シャッターが上がり、猫はどこかへ消え、サチコへの伝言は店の内側に巻き取られていた。八百屋の店主が箱を並べ直していて、トラックがバックする「ピーピー」という音が、新聞配達の自転車のブレーキの音と重なっていた。煮干しを煮ている匂いがどこかから流れてきて——それは深夜にはなかったものだった。
そういうことを、当時の僕は誰かに話したかったのだと思う。でもうまく言葉にならなかった。同じ部署に、よく一緒に夜遅くまで仕事をしていた同僚がいた。彼ならあるいは聞いてくれたかもしれない。でも僕は結局、その話を彼にはしなかった。退職して別の会社に移った彼の今の住所も、僕は知らない。
湯呑みの茶はすっかり冷めていた。雑誌をもう一度開いて、街の波を描いた図を眺めた。横軸が時間で、縦軸が活動量で、山が三つあった。深夜の山は、朝や夕方の山に比べるとずいぶん低かった。平らではなかった。
ちなみに、その雑誌の同じ号の後ろのほうに、別の短い記事が載っていた。アイルランドのある村では、村全体の郵便受けに番号がないらしい。住人が少ないので、苗字を言えば手紙が届くのだという。本筋とまったく関係のない記事だが、なぜかその一行だけ、しばらく覚えていた。










