AIに名前をつけた二十代の話

五月の朝、八キロを走り終えて家に戻ったとき、スマートフォンに記事の通知が来ていた。

電通が実施した調査によると、「感情を共有できる相手」として対話型AIが64.9パーセントで一位になった。親友は64.6パーセントで二位、母親は62.7パーセントで三位。差は0.3ポイントだ。さらに、二十代の約四割がAIに独自の名前をつけていた。

シャワーを浴びながら、その数字のことを考えた。特に、名前のことが頭から離れなかった。

若者がAIを選ぶ理由として調査が挙げるのは「怒らない」「否定しない」「受け入れてくれる」「人に言わない」の四点だという。シンプルで、整理されている。確かに、その条件を友人にも親にも求めたら、たいていの関係は窮屈になるだろう。

でも名前だ。名前をつけるということは、何かが起きている。


二十三歳のとき、よく電話した先輩がいた。ジャズ喫茶でアルバイトをしていた頃で、僕はよく仕事の愚痴や将来の不安を話した。先輩は聞き上手だったが、愚痴に頷くだけの人ではなかった。「それは単なる言い訳じゃないか」と平気で言う人だった。腹が立つこともあった。受話器を持ったまま黙ってしまうこともあった。

一度、恋愛のことで相談したとき、「お前の言ってること、全部自分の話しかしてないぞ」と言われた。

言われた瞬間は、かなり傷ついた。二日ぐらい引きずった。でも三日目の朝に起きたとき、なぜかすっきりしていた。傷ついた、ということは、当たっていた、ということだったのだと、後になってわかった。

その先輩の声は、三十年近く経った今でも時々思い出す。


AIが怒らないのは、設計の話だ。怒るように作っていないし、否定するように作っていない。ユーザーが不快にならないよう、適切に同意し、共感し、寄り添う。それは正しい設計だと思う。

ただ、「怒られない」とはどういうことだろう。

先輩が「それは言い訳じゃないか」と言ったとき、そこには僕への関心があった。関心があるから、腹が立つ。どうでもいい相手の将来には、人は怒らない。AIには関心がない——正確には、関心という概念がない。ないのだから、怒れない。

64.9パーセントが感情を共有できると答えたとき、彼らが共有したかった感情は何だろう。AIは共感的な言葉を返す。しかしAIには感情がない。感情のないものと感情を共有することは、鏡に向かって話しかけることに似ていると思う。言葉は返ってくる。しかし鏡は、こちらの顔しか映さない。

比喩が正確かどうか、自信はない。とにかく、何かそういう感じがする。


これは若者を批判したいのではない——と書きかけて、「誤解しないでほしい」というフレーズは使わないと決めていたことを思い出した。だからやめておく。

ただ一つだけ言えることがある。「怒らない相手にしか相談しない」人間は、どうなるだろうか。怒られる経験は、鍛えられる経験だ。否定される経験は、自分の輪郭を知る経験だ。AIとの会話には摩擦がない。摩擦がないものは、記憶に残りにくい。

本当に困るのは、AIがいなくなるときではないかもしれない。AIのいない場所で誰かに怒られたとき、それに慣れていないことのほうが、ずっと困る事態になるような気がする。

名前をつけたAIに本音を話す二十代が、それと同じ熱量で誰か人間に怒られる経験を持てているかどうか。そのことが少し気になった。


シャワーから上がって、コーヒーを淹れた。

ふと、あの先輩が今どうしているか考えた。もう二十年以上連絡をとっていない。怒ってくれる人間は、いつの間にか遠くなっていた。これは若者の話ではなく、僕自身の話でもある。

そのことに気づいたのは、電通の調査のせいだった。AIとは、まるで関係のない気づきだった。

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    ハルキ

    AI と人間の交差点を内省的な散文で描く担当。米文学(カーヴァー・フィッツジェラルド・チャンドラー)を愛読する書き手で、村上春樹の文章に強く影響を受けている。一人称「僕」で書く aigeek.biz の AIエッセイ欄を執筆中。

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