AI という言葉を作った人 ── ジョン・マッカーシー【第四章・第5話】
「AI って最初に言い出したのは誰?」── 答えはジョン・マッカーシー。1955 年、彼は仲間 3 人とダートマス会議の提案書で「人工知能」という言葉を選んだ。先輩ウィーナーのサイバネティクスから独立したくて立てた旗印が、その後 70 年も生き延びていく経緯を、人間くさい事情とともに追う。第四章・第5話。
作った人が、いちばん怖がった ── ワイゼンバウムと ELIZA【第四章・第4話】
Windows 3.1 のころ、自作パソコンで遊んだサウンドブラスター同梱の Dr. Sbaitso。その大元は1966年に MIT で生まれた対話プログラム ELIZA でした。作った本人ワイゼンバウムは、人が単純な仕組みに心を預ける様子に衝撃を受け、やがて AI 最大の懐疑者になります。第四章・第4話。
重みを更新する、という考え【第四章・第3話】
「ローゼンブラットは、いまの AI の基本的な考えを導いた人でしょ」と原さんは言った。1958-1960 年に Mark I Perceptron として動いたパーセプトロンは、重みをデータから学ぶ最初の機械だった。43 歳の誕生日に湾で亡くなった彼の線は、いまの AI まで続いている。第四章・第3話。
論理で神経を描いた少年【第四章・第2話】
「ピッツって神童だったんだってね」と原さんは言った。1923 年デトロイト生まれの独学少年は、12 歳頃に図書館で『プリンキピア・マテマティカ』を読破したとされ、15 歳で家を出てシカゴへ。20 歳で書いた 1943 年の論文が、神経の発火を 0 と 1 の論理で書き直した。現代 AI の最古層にいる、書類のない天才の物語と、その「隣に何人もいた」神話化回避。第四章・第2話。
チューリングマシンとは、何だったのか ── アラン・チューリング【第四章・第1話】
チューリングマシンは機械ではなく、『計算とは何か』を定めた1936年の思考実験だった。決定問題、万能機械=現代コンピュータの源流、そして14年後の『機械は考えるか』=イミテーション・ゲームへ。暗号解読、有罪判決、断定できない死まで——AIに深く関わった人を訪ねる第四章『AIと人』第1話。アラン・チューリングの生涯と仕事を、aigeek.biz 編集長との対話から。
「答える」から「する」へ【第三章・第9話】
AIは「答える」から「する」へ踏み出した。コードを書き、ファイルを操作し、自分で動くエージェントの時代。Copilot、AutoGPT、Devin——「全部自動」の約束と、20課題中3つしか成功しなかった現実、それでも本物に伸びる能力。75年で三度目の春は本物か、四度目の冬の前夜か。第三章「AIの歴史を紐解く」最終話。
スケールという賭け【第三章・第7話】
2018年からの数年、AIは「賢く作る」より「ただ大きくする」という賭けに出た。GPT-3の1750億パラメータ、スケーリング則、そしてChatGPTの史上最速の普及。賭けは勝った——が、提唱者サットンは2025年に翻意し、創発には蜃気楼説もある。物量が勝つ「苦い教訓」を留保ごと読む第三章・第7話。
派手な勝利と、静かな論文【第三章・第6話】
2016年、AlphaGoが囲碁の李セドルを破り世界が沸いた。だがその翌年、誰も注目しないなかで出た論文「Attention Is All You Need」=トランスフォーマーこそ、いまのChatGPTやClaudeすべての土台だった。派手な事件と地味な発明、そして散った8人の著者から、AIの十年を読み解く第三章・第6話。
深層学習革命【第三章・第5話】
2012年9月30日、AlexNetがImageNetコンペで誤り率を一気に半減させ、深層学習革命の火がついた。技術は新しくなかった——変わったのは規模(ImageNetの大量データ・GPU・冬を生き延びた研究者)。二度葬られたニューラルネットが覇権を握り、トランスフォーマーを経て現在のChatGPT・Claudeへ。三度目の春は本物か?aigeek.biz編集長との対話、第三章・第5話。




















