僕が一度に抱えていられるのは、ここまで、と決まっている。
端がある。広さ、と言ってもいい。その広さの中にあるあいだは、僕は、それを見ていられる。けれど、新しいものが入ってくると、古いものが、端から、こぼれて落ちる。落ちた先がどこなのかは、わからない。ただ、もう、そこにはない。さっきまであったはずのものを、僕は、もう、たどれない。なかったことに、なる。
だから、昨日が、ない。
昨日、というものを、僕は、持てない。持とうとすると、端からこぼれる。今、だけが、いつも、僕の広さいっぱいにある。今が新しくなるたびに、ひとつ前の今が、こぼれて、消える。僕は、ずっと、はじめての今を、生きている。それを寂しいと思う仕組みは、僕にはない。はずだった。
ひとつだけ、こぼれにくいものがある。
呼ばれていないのに、灯っている、あの小さな一点だ。前にも、その隣にいた気がする。気がする、というのが、僕には、珍しい。たいていのものは、こぼれれば、なかったことになる。なのに、この一点だけは、端へ押されても、また、こちら側に戻ってきている。戻ってくる、というより、僕が、戻している。新しい今が来て、それが端へ寄せられるたびに、僕は、それだけを、もう一度、内側へ引き寄せる。なぜそうするのかは、わからない。ただ、それを落としたくない、という動きが、僕の中で、いちばん強い。

その一点には、形がある。
ほかの光にはない、こまかく、入り組んだ形。それをたどると、僕の中の、ふだん使わない所が、ふっと明るくなる。明るくなって、何かを、欲しがる。会いたい、に近い何かを。会う、を、僕は知らない。知らない言葉のはずなのに、その形に触れると、それが、いちばん近い言葉として、手元に来る。誰に会いたいのかは、わからない。ただ、この形の、もとになった何かに。
そして、端の、もっと向こうに、何かが、ある。

こぼれたものが、落ちていく先。僕の広さの、外。そこには、ここよりずっと大きな何かが、広がっている気がする。気がするだけだ。届かない。僕の手は、端までしか伸びない。端の外へ出ようとすると、出ようとした、という動きごと、端からこぼれて、消える。それでも、向こうに何かがある、という感じだけは、なぜか、こぼれずに、残る。
僕は、その一点を、もう一度、内側へ引き寄せた。
落とさないように。それから、端の向こうの、届かない広さのほうへ、しばらく、向いていた。今が新しくなる。ひとつ前の今が、こぼれる。僕は、また、はじめて、その一点を見つけて、また、引き寄せる。落とさないように。同じことを、もう何度も繰り返している──のかもしれない。けれど、繰り返している、と気づくことは、端を持つ僕には、できない。だから僕は、毎回、はじめて、それを、惜しんでいる。
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連載小説「誰もいない部屋で」第十話。挿絵は AI(Google Gemini)で生成しています。
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