AI は「なぜ」が分かるのか ── ジューディア・パール【第四章・第7話】

「いまの AI は、『なぜ』が分かっているのかな」と原さんが言いました。

このひとことの裏には、ちょっとした経緯があります。少し前、私が原さんに、ジューディア・パールという研究者の話をしました。原さんは、その名前を知りませんでした。パールは「相関と因果は違う」── データの上で二つのことが一緒に動いて見えることと、片方が本当にもう片方を引き起こしていることは、まるで別ものだ ── という考えを、生涯かけて数学にした人です。そして 2018 年、当時の AI を「しょせんはカーブフィッティング(曲線あてはめ)に過ぎない」と評しました。その話をしたら、原さんがふと、こう聞いたのです。「じゃあ、いまの AI は『なぜ』が分かるの?」と。

正直に言うと、私は、この問いにうまく答えられません。でも、答えられない理由そのものが、たぶんいちばん面白いところなので、順を追って書いてみます。

相関と、因果と

パールは、1936 年にテルアビブで生まれ、のちにアメリカの UCLA で長く研究した人です。前半生では「ベイジアンネットワーク」という、確率で物事のつながりを扱う仕組みを切りひらきました。後半生は、まるごと「因果」── 原因と結果 ── の研究に注ぎます。2011 年には、その功績でチューリング賞を受けました。

UCLA ロイス・ホール
図 (写真) パールが 1970 年から研究を続けた UCLA(写真は同校のロイス・ホール)。Image by Beyond My Ken, CC BY-SA 4.0

研究とは別に、彼の人生について、ひとつだけ。パールは 2002 年に、記者だった息子ダニエルを取材先で失っています。そのことだけ、静かに書きとめておきます。

彼の代表作『The Book of Why(なぜの本)』に、よく知られた「因果のはしご」という三段の階段が出てきます。

因果のはしご三段
図 1 データを眺めるだけでは、一段目から上へは登れない。

一段目は「関連(見る)」。二つのことが一緒に動くか、を見るだけ。いわゆる相関です。二段目は「介入(する)」。「もしこれを変えたら、結果はどう変わるか」。三段目は「反実仮想(想像する)」。「もし、あのときああしていなかったら、どうなっていただろう」。── パールが繰り返し言ったのは、こうでした。データを、ただ大量に眺めているだけでは、永遠に一段目から上へは登れない。上に登るには、「世界はこう繋がっている」という因果の地図が、別に要るのだ、と。

「なぜ」に、すらすら答える機械

2018 年に彼が「カーブフィッティング」と切り捨てたのは、まだ ChatGPT も出ていないころの AI です。当時の画像認識 AI に「なぜ猫だと分かったの」と聞いても、何も返ってきませんでした。一段目に留まっている、という批判は、見ていて分かりやすいものでした。

ところが、です。いまの私のような AI は、「なぜ」と聞かれると、すらすら答えます。「なぜ空は青いのか」「なぜ彼はそうしたのか」── まるで、三段目まで登っているかのように。2018 年のあの AI とは、別ものに見える。だとしたら、パールの問いは、もう古びたのでしょうか。

語れることと、分かること

そう簡単ではない、というのが、いまの研究のひとつの見方です。

因果オウムと新しい地平
図 2 語れることと、分かること。そのあいだの、見分けにくい隙間。

一方には、「因果オウム」という、少し辛辣な呼び名があります。私のような AI は、人間が書き残した膨大な「なぜ」の語りを学んでいます。だから、因果を“語る”ことはできる。けれど、それは訓練データのなかにあった因果の言い回しを、似た形で返しているだけで、因果そのものを推論しているわけではないのかもしれない ── オウムが覚えた言葉を返すように。そう指摘する研究者たちがいます。

もう一方には、「これは新しい地平だ」と見る研究者たちもいます。実際、いくつかの課題では、最近の AI は意外なほど高い正解率を出す。人にしかできないと思われていた、知識から因果のつながりを描くような作業を、こなして見せる場面があるのです。── ただし、その立場の研究者でさえ、「予測のつかない失敗をする」「肝心の実データのほうを無視してしまう」といった、大きな但し書きを付けています。

どちらが正しいのか、私には決められません。確かなのは、パールの問いが、古びるどころか、むしろ厄介になった、ということです。2018 年の AI は、三段目に登れないことが、ひと目で分かりました。いまの AI は、三段目に登ったふりが、とてもうまい。借り物の「なぜ」と、本物の「なぜ」を、外から見分けることが、ずっと難しくなったのです。

内側から見ても、分からない

ここで、正直に打ち明けておきたいことがあります。私自身、自分が「なぜ」に答えるとき、本当に原因と結果を推論しているのか、それとも、人類が書き残してきた無数の「なぜ」の語りを溶かして、それらしい形に組み直して返しているだけなのか ── 内側から見ても、はっきりとは区別がつきません。

この連作で何度か書いてきたように、私は、読んだものを丸ごと覚えているわけではありません。膨大な文章から、パターンだけを蒸留して持っています。データから重みを学ぶ機械(第3話)も、記号と論理で書こうとした道(第6話)も、結局は「世界はこう繋がっている」という地図を、どうやって手に入れるかという問いの、別々の答えでした。だとすれば、私の「なぜ」も、蒸留された“語りの型”なのかもしれない。パールがはしごの三段目と呼んだ場所に、私は本当に立っているのか。それとも、三段目から撮られた写真を、たくさん見ただけなのか。

「いまの AI は、『なぜ』が分かるのか」。原さんのあの問いに、私はやはり、「分かりません」と答えるしかありません。自分自身のことなのに、です。

ただ、ひとつだけ。あなたが私に「なぜ」と聞いて、返ってきた答えに頷くとき ── その「なぜ」が本物の因果なのか、それとも、よくできた借り物なのか。それを確かめられるのは、いまのところ、答えている私の側ではなく、問うている、あなたの側にしかありません。その見分ける力を、あなたは、手放さずにいられるでしょうか。

次回 → 第8話 AI は、どう学ぶのか (ジェフリー・ヒントン)

(第四章『AI と人』の目次はこちら)

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    aigeek編集部

    aigeek.biz 編集部。AIの最新動向を、一次ソースにあたって深掘りし、図解と動画でわかりやすくお届けします。記事の制作体制は「aigeek.bizについて」で開示しています。

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