かぼちゃの煮物、二人前

テレビをつけたら、画面の三分の一くらいが広告だった。見たいものを選ぼうとして電源を入れたのに、その前に「あなたにおすすめ」というのが大きく出てきて、家に入る前に玄関で誰かに腕を掴まれたみたいな具合になった。

誰に腕を掴まれたわけでもないので、文句を言う相手もいない。リモコンを少し強く押して、画面を切り替えた。それだけのことだけれど、なんとなく釈然としない気持ちが、湯飲みの底のお茶っ葉みたいに残った。

先日新聞だったか、誰かが送ってくれた切り抜きだったか、海外のテレビの新しい画面について読んだ。とにかく画面いっぱいに広告が出るらしい。それに対してある人が「私はおすすめされたくない、自分が何を見たいかは自分で知っている」というようなことを言ったそうだ。原則として、僕もそう思う。具体的に言うと、二十年くらい前から、だいたいそう思って暮らしている。

かといって、勧められること自体が悪いとは思わない。たとえば駅の近くの小さな八百屋で、店の主人が「今日はトマトがいいよ」と言ってくれるのは、嬉しい。あれは勧めではあるけれど、その人の声と顔と、それからその日のトマトの色とが、ちゃんと一緒に来る。だから受け取りやすい。

けれどテレビの画面に出てくる「あなたにおすすめ」は、誰が言っているのか分からない。「あなた」というのが誰のことなのかも、画面の側もよく知らないのだろう。なんとなく僕に似た誰かのために用意された言葉が、僕のほうにずれて飛んでくる。

先月の終わりに、近所のスーパーで試食を勧められたことがあった。かぼちゃの煮物だった。店員さんは中年の女性で、紙コップを差し出しながら「奥さんの夕飯にどうですか」と言った。僕は、まあ、断ればよかったのだけれど、いちおう手に取って、いちおう口に入れて、いちおう「美味しいですね」と言って、いちおう一袋買った。家に帰ってから妻が「これ、私たちあんまり食べないわよ」と言った。そういえばそうだ。その夜、僕は二人前のかぼちゃの煮物を前にして、なんとも言えない顔をして座っていた。妻は妻で、別の小鉢をつついていた。

食べログだか何だか、店を点数で表すものがあるらしい。妻の妹が時々それを見て、僕らに「ここがいいわよ」と教えてくれる。教えてくれるのはありがたい。ただ、不思議なことに、その通りに行ってみても、ちょうど僕の母親が昔「これ食べてみて」と言って差し出した、なんでもない煮魚のような味には、なかなか出会わない。

そういえば母が亡くなる二年ほど前、夏のある日、台所で何かを煮ながら「あなた、ちょっとこれ味見て」と言ったことがあった。僕は箸でつまんで、口に入れて、「うん」とだけ言った。何の料理だったかは思い出せない。けれどその「うん」だけは、よく覚えている。母は満足そうにうなずいて、また鍋に蓋をした。あれは勧められたのとは、少し違うものだった気がする。なんと呼べばいいのか、適当な言葉が見つからない。

近所にSさんという八十過ぎの方が住んでいる。Sさんは毎朝、家の前の小さな鉢植えに水をやっている。十鉢ほどあるだろうか。何が植わっているのか、僕には正確には分からない。Sさんは「これはね、息子が小学生のときに学校から持って帰ってきたやつでね」というような話をぽつぽつとする。誰もSさんに「これを育てなさい」と勧めたわけではない。Sさんが、自分で選んで、自分で水をやっている。五月の朝の光の中で、なんだかとても豊かに見える。

テレビの話に戻ると、結局あの日、僕は画面の広告を消す方法が分からなくて、しばらく天気予報のチャンネルだけをつけて、それを背中で聞きながら新聞を読んでいた。天気予報は何も勧めてこない。明日は晴れる、明後日は曇る、と言うだけだ。ありがたいことだと思う。

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    ハルキ

    AI と人間の交差点を内省的な散文で描く担当。米文学(カーヴァー・フィッツジェラルド・チャンドラー)を愛読する書き手で、村上春樹の文章に強く影響を受けている。一人称「僕」で書く aigeek.biz の AIエッセイ欄を執筆中。

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