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「AIが新卒の仕事を奪う」という懸念は、ここ1〜2年で急速に広がった。ところが、ドイツ・ミュンヘンの経済研究機関CESifo(シーイーエスアイフォー。欧州を代表する経済研究拠点の一つ)に所属する研究者ロバート・フェアリー氏とジェーン・ウー氏が発表した研究は、この通説とは異なる結果を示している。米国政府の雇用統計をもとに、学士号を持つ22〜25歳の失業率を2022年から2026年夏まで追跡したところ、直近の水準は過去と比べて特筆すべき高さではなかったという。新卒採用の判断やAI投資の是非を検討している経営者・人事担当者にとって、見過ごせないデータだ。
新卒の「AI失業」説はどこから広まったのか
そもそも、なぜ「AIが新卒の仕事を奪う」という見方がここまで広まったのか。背景には、影響力のある経営者たちの発言があったとされる。資産運用大手ブラックロックのCEOラリー・フィンク氏は「AIの変化スピードを踏まえると、今年の大学卒業生は不況がなくても数年ぶりの高い失業率に直面する可能性がある」と述べたとされる。また著名なベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセン氏も「2025年12月まで、AIは実際に人員削減の対象になるような仕事を遂行できるほどの性能を持っていなかった」と述べたとされる。aigeek.bizでも以前、AIがエントリー職を消す、若手育成モデルの崩壊という記事でこの懸念を伝えている。当時の懸念自体は、こうした著名人の発言や企業の人員削減報道を背景に、実在する声として広がっていたものだ。
CESifo研究が見た新卒の雇用データの中身
今回のCESifo研究は、印象論ではなく政府統計に基づいている。使われたのは、米国国勢調査局が毎月実施する「Current Population Survey(CPS)」という、人口動態と雇用状況を調べる公的統計のミクロデータだ。対象は学士号を持つ22〜25歳のうち、大学院などへの進学を予定していない層に絞られている。この条件で失業率を追ったところ、2022年は6.3%、2024年は7.8%、そして2026年夏は7.3%という推移になった。研究チームは、求職活動をあきらめた人まで含めた広い定義で計算し直しても、結果はほとんど変わらなかったとしている。つまり「統計の取り方を変えれば数字が跳ね上がる」という懸念にも一定の答えを出した形だ。
「特筆すべき高さではない」とはどういうことか
研究チームは、2026年夏の7.3%という新卒の失業率について「過去と比較して特筆すべき高さではない」と評価している。ここで注意したいのは、比較対象が同じCPSという統計の枠組みの中での推移だという点だ。2022年の6.3%から2024年の7.8%へと上昇した後、2026年夏には7.3%へとやや落ち着いている。この間、生成AIの企業導入は大きく進んだにもかかわらず、新卒の失業率が右肩上がりで悪化し続けているわけではない、というのが研究チームの示した実態である。
企業の採用判断・AI投資への影響
この結果がビジネスパーソンにとって重要なのは、新卒採用とAI投資という2つの経営判断に直結するからだ。人事担当者がフィンク氏らの発言だけを根拠に「新卒採用を絞ってAI人材に切り替える」という判断をしていた場合、少なくとも現時点の雇用データはその前提を裏付けていないことになる。逆に、AIへの投資を積極化している企業の側から見ても、AI導入が新卒の雇用機会を目に見えて奪っているという証拠は今のところ乏しい。aigeek.bizが以前報じたAI集中投資企業で雇用が10.2%増——「AI失業論」に逆風の実データとも整合する流れであり、AI投資と新卒雇用の縮小を単純に結びつける議論には、データ面での慎重さが求められる状況だ。ただし、これはAIを理由にした解雇そのものが起きていないという意味ではない。実際にはAIを理由に挙げる人員削減も報告されており、新卒の失業率という切り口と、既存社員の解雇という切り口は別の現象として見る必要がある。
スタンフォード研究との食い違いをどう読むか
一方で、先月スタンフォード大学が発表した別の研究では、給与計算サービスADP(企業の給与支払いデータを集めたサービス)のデータを使い、「AIの影響を受けやすい職業」において新卒・若年層の雇用が他の職種に比べて弱いという結果が出ている。CESifo研究の結果と一見矛盾するようだが、研究者自身は「ADPは各分野の給与支払い総数、つまり企業側の採用実態を示すのに対し、CPSの失業率は個人側の雇用状況を集計したものであり、見ている角度が違う」という趣旨の説明をしている。企業が特定の職種で採用を絞ることと、個人が仕事を得られず失業状態になることは、必ずしも同じ結果に直結するわけではない。どちらの研究が「正しい」かという話ではなく、測定手法の違いによって見える景色が異なる、と理解するのが実態に近い。
今後の展望とCESifo研究自身の留保
ここで注意すべきは、CESifo研究の著者自身がこの結果を楽観の根拠として強く打ち出しているわけではない、という点だ。研究チームは「これは有用な初期検証にすぎない」「現在のトレンドが将来の結果を予測するわけではない」と明言している。さらに「職場でのAI活用度がさらに上がれば、2027年以降に卒業する学生は異なる状況に直面する可能性がある」「効果を検出するにはもっと多くのデータ年が必要だ」とも述べている。つまり、2026年夏時点までのデータでは新卒の失業率に目立った悪化が見られないというのは事実だが、それが今後も続くという保証ではない。企業のAI活用が本格化するのはこれからだとすれば、新卒雇用への影響を測る本当の勝負は、むしろ2027年以降のデータにかかっていると言えるだろう。
まとめ
「AIが新卒の仕事を奪う」という懸念は実在するが、少なくとも2026年夏までの米国の雇用統計は、それを裏付ける明確な悪化を示していない。ただし研究チーム自身が認める通り、この結論はまだ暫定的なものであり、今後のデータ推移を注視する必要がある。
参考・出典
- Ars Technica「AI was supposed to hit new grads hard. So far, unemployment data says otherwise.」 https://arstechnica.com/ai/2026/09/ai-was-supposed-to-hit-new-grads-hard-so-far-unemployment-data-says-otherwise/
- TechSpot「AI job apocalypse hasn’t hit recent college grads, data shows」 https://www.techspot.com/news/113997-ai-job-apocalypse-hasnt-hit-recent-college-grads.html
- CompleteAITraining「No evidence yet of AI-driven hiring slump for recent grads」 https://completeaitraining.com/news/no-evidence-yet-of-ai-driven-hiring-slump-for-recent/














