新聞の隅に、人がものを考える手間をAIに渡すようになって、頭の働きが変わりつつあるかもしれない、という記事が載っていた。研究者と評論家が議論をしているという、そういう類の話である。記事を読み終えて、それから新聞を畳んで、台所に立った。お湯を沸かそうとして、電気ポットの蓋を開けたまま、しばらくぼんやりしていた。
思い出していたのは、もう四十年以上も昔の、職場の上司のことだった。名前は伏せるが、仮にKさんとしておく。Kさんは当時たぶん五十くらいで、僕から見ると相当な年配だった。今の僕の方がもう、当時のKさんよりずいぶん年上である。考えてみると、なんだか妙な気持ちになる。
その頃、職場に電卓というものが入ってきた。正確に言うと、それ以前からあるにはあったのだが、ひとり一台のように行き渡るようになったのが、確かその頃だった。机の上に小さな機械が置かれて、ボタンを押すと数字が緑色に光る。今でも覚えているが、最初の電卓は思ったよりずっしりと重くて、表示の文字が蛍光管みたいに浮かび上がる方式だった。
Kさんはそれが気に入らなかった。気に入らないというより、本気で困っていた、という方が正しいかもしれない。「これを使うようになると、暗算ができなくなる」というのが、彼の口癖だった。「人間というのは、頭で計算するから頭が働くんだ。機械にやらせるようになったら、もう終わりだよ」。そう言いながら、Kさんは自分の机の引き出しから古いそろばんを取り出して、わざと珠を弾いて見せたりした。原則として、彼はそろばん派だった。
そろばんの珠を弾く音というのは、独特の乾いた音で、今の事務所ではもうほとんど聞かれない音だ。パチン、パチン、と弾くのではなく、もっと細かく、サラサラと砂を流すような音が混じる。Kさんの机の周りだけ、なんとなく時代が違っていた。彼はそれを誇りにしていたようでもあり、半分は照れ隠しでやっていたようでもあった。
同僚のYさんという女性が、ある日Kさんに言った。「でもKさん、電卓の方が早いですよ」。Kさんは少し黙ってから、「早ければいいってもんじゃないんだよ」と答えた。Yさんは肩をすくめて、自分の電卓のボタンを軽く叩いた。それで会話は終わった。
そのKさんが、半年もしないうちに電卓を使うようになっていた。最初はこっそり、そろばんの陰に隠すようにして使っていたが、そのうち堂々と打つようになった。「まあ、便利は便利だな」と、ある朝つぶやいているのを聞いたことがある。誰に言うでもなく、自分の机に向かって、独り言のように言っていた。あの時のKさんの後ろ姿を、今でも覚えている。少し丸まった背中だった。
そういう僕も、暗算は得意ではない。だいたい昔から得意ではなかった。
けれど面白いのは、Kさんが電卓を使うようになってから、彼の仕事の質が落ちたかというと、そうでもなかったことだ。書類の書き方を工夫したり、若い社員の相談に乗ったり、そういう方向に手間が移っていった。本人がそれを自覚していたかどうかは、わからない。
でも僕の知っている範囲では、世界はまだ終わっていない。Kさんはその後、定年まで電卓を使い続けて、退職の日にそろばんを後輩に譲って帰っていった。あのそろばんが今どこにあるのか、誰も知らない。
ちなみに今朝、台所の戸棚の奥から、賞味期限が三年前に切れた紅茶のティーバッグが出てきた。誰が買ったものか、まったく記憶にない。妻に訊いたら「あなたが買ってきたんでしょう」と言われそうなので、まだ訊いていない。










