経済面に、ビル・ゲイツがマイクロソフトの株を全部手放した、という小さな記事が出ていた。慈善信託がついに保有分をすべて売り切ったらしい。記事は短く、写真もなく、株価への影響もそれほど大きくはないという扱いだった。あの会社を作った男が、その会社の紙きれを一枚も持っていない。そういうことになったわけである。
読み終えてから、なんとなく押し入れの戸を開けた。べつに用があったわけではない。記事と押し入れのあいだに、最初はなんの関係もなかった。ただ、確認しておきたかったのだと思う。押し入れの下段には、古いパソコンが三台、重ねて置いてある。一台目は二十年以上前のもので、もう電源を入れても動くかどうか怪しい。二台目は十年ちょっと前のもの。三台目は五年か六年前まで現役で、調子が悪くなって買い替えたのだが、なぜか捨てる踏ん切りがつかず、ビニール袋に包んでそこに置いた。
三台のあいだには、薄く埃が積もっていた。指でなぞると、灰色の細い線ができた。
ある日カバンの中から一番重い荷物を取り出して、駅のベンチに置いて立ち去る。ゲイツという男は、たぶんそういうことができる人間なのだ。
一方で僕は、もう動かないかもしれないパソコンを三台、押し入れに抱えている。中に何が入っているのかも、正直なところよく覚えていない。古い原稿の下書きと、誰かからもらったメールの控えと、もう連絡を取らなくなった人の写真。それくらいだろう。開けて確認すればいいのだけれど、開けるのが面倒で、というより、開けて何も大事なものが入っていなかったら、それはそれで悲しいような気がして、結局そのままにしてある。
大学時代の知人にO君という男がいた。彼は引っ越しのたびに、本もレコードも家具も、ほとんど全部捨ててしまう人だった。「持ってると重いから」と彼は言った。一度、まだ十分使える革のジャケットを駅前の古着屋に持ち込んでいくのを見たことがある。千円ちょっとで売って、その金で焼き鳥を食べに行こうと僕を誘った。彼は今どこで何をしているのか、僕は知らない。今もどこかで、自分の持ち物を売り払って焼き鳥を食べているのかもしれない。
O君と、ビル・ゲイツと、押し入れの三台のパソコンを、僕は同じ皿の上に並べて眺めている。三者にはおそらく何の関係もない。けれど僕の頭の中では、彼らはなんとなく親戚のような顔をしている。
結局のところ、僕は捨てられない側の人間なのだ。あと十年経っても、押し入れには四台目が増えているだけだろう。それを認めてしまうと、なんだか少しだけ気が楽になる。
午後、洗車に行こうと思って洗車場まで行ったら、車が五台ほど並んでいた。今日は夏みたいに暑くて、みんな同じことを考えるらしい。並ぶのが面倒になって、そのまま家に帰ってきた。
汚れたままのボンネットの上で、太陽がやけに眩しく光っていた。家の鍵を探していたら、ポケットの奥から、形の崩れたレシートが一枚出てきた。金額は読めなかった。何を買ったのかも覚えていなかった。僕はそれをそのままポケットに戻した。










