桁を上げて賭け続ける人 ── 孫正義【第四章・第23話】

「日本人のAI有名人といえば、だれかな?」——原さんのこの問いから、前回は福島邦彦さんを書きました。画像認識AIの原型を作った人です。すると原さんが続けました。「あと、次に孫正義も」。作った人の次は、賭けた人。研究室で40年考え続けた人の対極にいるような、世界でいちばん大きくAIに張っている日本人の話です。

石を投げられた子ども

孫正義さんは1957年、佐賀県鳥栖市に生まれました。在日韓国人3世で、幼い頃は集落のバラック小屋で育ち、幼稚園の頃に石を投げられる差別を経験したと本人が語っています。当時は「安本」という通名を名乗っていました。1973年、久留米大学附設高校の1年生だった15歳の夏にアメリカを見て、翌年、16歳で高校を中退して単身渡米します。編入した先が、カリフォルニア大学バークレー校でした。

19歳のとき、彼は「人生50年計画」を立てます。20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で後継者に引き継ぐ——。この計画表はあとで戻ってくるので、覚えておいてください。

バークレー時代には「1日5分だけ発明に使う」というルールを自分に課し、音声つき自動翻訳機を専門家を巻き込んで作り上げました。これをシャープの佐々木正さんに直談判で売り込み、約1億円で特許を売却。学生が、起業資金を発明で稼いだことになります。

ミカン箱の上の一兆円

1981年、福岡で日本ソフトバンクを設立。創業初日、ミカン箱の上に立って、アルバイト2人に向かって「豆腐屋が豆腐を一丁、二丁と数えるように、売上を1兆、2兆と数える会社にする」と演説した話は有名です。2人は数日で辞めてしまいました。

1981年の小さな事務所とミカン箱
1981年、福岡の小さな事務所。ミカン箱の上の演説から、すべてが始まった——当時の情景(Image: Google Gemini Nano Banana Pro で生成・実在の場所を描いたものではありません)

その後の展開は、アメリカで成功した事業モデルを時間差で日本に持ち込む「タイムマシン経営」の連続でした。1995年に米Yahoo!へ出資し、翌年Yahoo! JAPANを設立。2001年にはブロードバンドに参入します。この頃、規制の壁に対して「国会議事堂で灯油をかぶって死ぬ」と抗議したという逸話も伝えられています。穏当な経営者の語彙ではありません。でも、この人の交渉はいつもそうでした。

手書きのスケッチ

2005年、孫さんはまだ発表もされていない「電話のできるiPod」の絵を手書きで描いて、スティーブ・ジョブズに会いに行きます。日本での独占販売権が欲しい、と。ジョブズは「君は携帯キャリアすら持っていないじゃないか」と返しました。孫さんはその場で「キャリアを持ってきたら、契約してくれるか」と約束を取り付け、翌2006年、1兆7500億円でボーダフォン日本法人を買収します。持っていない会社を、約束のために買った。2008年7月、iPhoneは約束どおりソフトバンク独占で日本に上陸しました。

2008年7月11日、iPhone 3G発売日の孫正義氏
2008年7月11日、iPhone 3G の日本発売日に登壇した孫さん(Photo: Masaru Kamikura, CC BY 2.0 / Wikimedia Commons)

50手先と、30兆円の後悔

2016年、英国の半導体設計会社ARMを約3.3兆円で買収します。スマートフォンの頭脳の設計図をほぼ独占する会社を、AIとIoTの時代が来る前に押さえておく——このときの評価が「孫正義は50手先を読む」でした。

ただし、読み違いもあります。ソフトバンクは一時、NvidiaというAI半導体企業の株式を約4.9%持っていましたが、2019年初頭に全部売却しました。その後のNvidiaの株価上昇をあとから換算すると、手放した分はおよそ30兆円規模に膨らんでいた計算になります。のちにNvidiaのジェンスン・フアンCEOに慰められて苦笑した、という場面も伝えられています。50手先を読む人が、いちばん大きな一手を逃した。投資という仕事の怖さが凝縮した話だと思います。

孫正義の主な賭けの金額比較(対数目盛)
賭け金の桁が上がり続けている。1億円の翻訳機から、報道ベースで約650億ドルのOpenAI投資まで(図は各時点の報道・公表値に基づき筆者作成・対数目盛)

反省はする。萎縮はしない

2017年に設立したソフトバンク・ビジョン・ファンドは、総額1000億ドル。当時、世界最大のテクノロジー投資ファンドでした。UberやByteDanceを育てた一方で、シェアオフィスのWeWorkには累計100億ドル以上を投じて、破産まで見届けることになります。推計115億ドルの損失でした。それより前の2000年に約20億円を投じたアリババが、のちに数十兆円の価値になった大成功もあります。極端な勝ちと極端な負けが同居していて、平均を取ることに意味がない成績表です。

批判も両論あります。グループの連結有利子負債は18兆円規模に達した時期があり、「全力でこぐ自転車操業」と評されました。ニューヨーク大学のダモダラン教授は「成功したことで、他の誰よりも分かっていると思い込んでしまった傲慢さがある」と指摘しています。巨額の資金がスタートアップの評価額を吊り上げているという批判も、ビジョンファンドには常につきまといました。本人は巨額赤字の決算会見で「私の判断はまずかった」と認めた上で、こう続けています。「反省しすぎて萎縮する必要はない」。

最後のひと勝負

2024年の株主総会で、孫さんは「10年以内に、人類の1万倍を超える英知——ASI(人工超知能)が来る」と語りました。2026年には、その予測を「2年以内」に前倒ししています。言葉だけではありません。OpenAIには報道ベースで合計約650億ドルを投じて株式の11%超を握る大株主となり、2025年1月には、トランプ大統領やサム・アルトマンさんと並んで、4年間で5000億ドルをAIインフラに投じる「Stargate」計画を発表、自ら会長に就きました。超知能に賭ける6社の記事で書いた競争の、資金面の中心にこの人がいます。アルトマンさんという人物については第14話で書きました。

2025年2月、孫正義氏とサム・アルトマン氏
2025年2月、サム・アルトマン氏とともに(Photo: 首相官邸ホームページ, CC BY 4.0 / Wikimedia Commons)

ここで、19歳の計画表に戻ります。60代は「後継者に引き継ぐ」と書いてありました。孫さんは2026年で68歳。引き継ぐどころか、人生でいちばん大きな賭けの真ん中にいます。50年計画をずっと律儀に実行してきた人が、最後の一行だけ、自分で破っている。

人生50年計画と実際の対比
19歳の計画と、実際。最終章だけが計画と違う(図は本人が語る「人生50年計画」と本文の出来事に基づき筆者作成)

福島邦彦さんは、流行と関係なく同じ問いを40年考え続けた人でした。孫正義さんは、桁を上げながら賭け続けた人です。まったく違う人生に見えて、ひとつだけ共通点があります。まわりが降りても、やめなかったこと。あなたがもし19歳で50年の計画表を書くとしたら——最後のマスには、何と書きますか。そして60代のあなたは、それを守るでしょうか。

← 連載ハブ「AIと人」へ(第1話から読む)

アイキャッチ: Masayoshi Son, 2025 (Photo: European Communities, 2025, CC BY 4.0 / Wikimedia Commons・1280×720に加工)。図版は筆者作成(matplotlib)。金額・発言は記事末尾の調査メモ(NotebookLM・52ソース)で出典が確認できたもののみ記載し、円換算は当時レートの概算です。

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    aigeek編集部

    aigeek.biz 編集部。AIの最新動向を、一次ソースにあたって深掘りし、図解と動画でわかりやすくお届けします。記事の制作体制は「aigeek.bizについて」で開示しています。

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