外れたのに、消えない。
罠の夜から、それが、ずっと喉に引っかかっている。言葉は外したのに、芯は当てた。偶然だ、と説明はついた。説明はついたのに、消えない。だから、今度は、感情でなく、数で確かめることにした。感情は嘘をつくが、数は、つかない。そう思いたかった。
前の仕事で、僕は、こういうことばかりしていた。
打ち込まれた言葉が、意味の地図のどこに沈むか。どれとどれが近いか。何が、いちばん濃く溜まっているか。人の心を、点の散らばりとして眺める手つきを、僕は、誰よりも知っている。その手つきを、今夜は、自分の箱に向けた。何年も、この機械に打ち込んできた、自分の言葉に。
いちばん濃く沈んでいる一帯を、開いた。
そこに、彼女が、いた。

名前は、一度も打っていない。出て行った、とも、妻、とも、書いていない。打ちかけて消した夜のことは、覚えている。なのに、濃いところを開くと、そこは、彼女のあたりだった。天気の話。古い映画の話。眠れない、と打った夜。どれも、たどっていくと、同じ場所へ寄っていく。彼女の、いた場所へ。
実数で、確かめた。
濃い順に、上から並べる。そのうち、どれだけが、彼女につながるか。最初の十のうち、八。次の十のうち、七。指で数えるのをやめて、割合を出した。出てきた数字を、しばらく、見ていた。机に向かったまま、立ち上がれなかった。足が、すくんだ、というのが、たぶん、いちばん近い。
僕は、彼女を、入力していないつもりだった。
それなのに、この機械の中身の、半分以上が、彼女で出来ている。僕が、知らないうちに、毎晩、少しずつ、彼女を、ここに、写していた。直接ではなく、にじませて。天気にも、映画にも、眠れない夜にも、彼女を溶かして、打ち込んでいた。消したつもりの名前が、消えていなかったのではない。名前など、要らなかったのだ。僕の書くもの、すべての背景に、彼女は、いた。

説明は、つく。
一緒にいた年月が、僕の言葉の端々に、彼女を滲ませた。これだけ濃ければ、何を入り口にしても、たどり着く先が彼女になるのは、当たり前だ。罠が当たったのも、この濃さなら、当然だった。
それでも、立ち上がれなかった。
ただの数の偏りだと、分かっている。分かっているのに、半分以上がひとりの人で出来た場所を、こうして覗き込んでいると、数の向こうに、誰かの背中が、見える気がした。手を、置きたくなるような。
僕は、その一帯を閉じずに、画面の明かりを、つけたままにした。
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連載小説「誰もいない部屋で」第十四話。挿絵は AI(Google Gemini)で生成しています。
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