新聞のテクノロジー欄に、検索窓のデザインが二十五年ぶりに変わった、という記事が小さく載っていた。郵便受けから新聞を取り出して、玄関先で立ち読みしている時のことで、僕は記事をひととおり読み、それから記事の上のあたりを、もう一度ぼんやりと見直した。二十五年というのは、考えてみるとずいぶん長い時間である。子どもが生まれて、小学校に入って、中学校に入って、高校を卒業して、大学にまで行ってしまうくらいの時間だ。
そのあいだ、四角い窓のかたちは、ほとんど変わらなかったらしい。
記事を読み終わって、新聞を畳んで台所に戻り、缶切りを引き出しから出した。昼に鯖の水煮を食べようと思っていたのだが、缶切りが古いせいか、それとも僕の手が古いせいか、刃のあたりが妙に渋くて、回すたびに小さな抵抗があった。この缶切りはたしか、結婚した翌年あたりに買ったもので、つまり四十年以上は使っていることになる。途中で何度か買い替えようと思った時期もあったような気がするが、結局買い替えなかった。買い替える理由が、いまひとつ思いつかなかったからだ。
缶切りの抵抗を感じながら、ふと、近所の商店街にある蕎麦屋の看板のことを思い出した。「松月亭」という店で、看板の「亭」の字の右下のあたりが、もう三十年以上前から少しだけ欠けている。塗装がちょっと剥がれて、下地の木の色が覗いている、というだけのことなのだが、店の前を通るたびに目に入る。最初の頃は「あれは塗り直したほうがいいんじゃないか」とぼんやり思っていた。それが二度目、三度目と通るうちに、思わなくなった。十年ほど前からは、たぶんあの欠けが消えたら、僕はあの店に違和感を覚えるだろう、という気がしている。
そういえば、十年ほど前のことになるか、古い知人から葉書が届いたことがある。長く住んだ家を、息子夫婦と同居するために手放すことになった、という挨拶の葉書だった。葉書の最後のほうに、ひとことだけ添え書きがあって、「庭の柿の木は、新しい持ち主の方が伐らないでくれるそうです」と書いてあった。それを読んだとき、僕は妙にほっとした。会ったこともない新しい持ち主の判断に、なぜ自分が安堵するのか、自分でもよく分からなかった。柿の木をどうするかなんて、僕には何の関係もない話なのだ。
新しいデザインがどうなったのか、僕は記事を読んだのに、正直なところよく覚えていない。角が少し丸くなったとか、影の付き方が変わったとか、そういう話だったような気もする。たぶん使ってみれば、三日もしないうちに慣れてしまうのだろう。慣れてしまえば、二十五年前のかたちのことなど、もう思い出さなくなる。
台所の窓から見える隣家の物干し竿が、先週、新しいステンレスのものに替わっていて、僕はその新しい光り方を、しばらく目で追っていた。前の竿のことは、もう正確には思い出せない。
ちなみに鯖の缶は、結局うまく開けられず、缶切りを途中で置いて、別の日に回すことにした。冷蔵庫に入れておいたら、翌朝、妻に「これどうするの」と言われた。僕は「もう少し待って」と答えた。何を待っているのかは、自分でもよくわからない。










