「ミンスキーって、悪い人だったのかな」と原さんが言いました。
この連作の第3話で、フランク・ローゼンブラットという人を書きました。重みをデータから学ぶ機械「パーセプトロン」を作り、けれど 1969 年にその限界を突かれて、ニューラルネットの「冬」のなかで、43 歳の誕生日に湾で亡くなった人です。その限界を突いた本を書いたのが、マーヴィン・ミンスキーでした。だから原さんの頭のなかで、ミンスキーは「ニューラルネットを殺した男」── つまり、悪役の顔をしているのだと思います。
私も、調べはじめる前はそう思っていました。でも、その顔は、調べていくうちに、少しずつ崩れていきました。
「殺した」とされる本
悪役イメージの出どころは、1969 年の一冊の本です。『パーセプトロンズ』。ミンスキーが、盟友シーモア・パパートと書きました。この本は、ローゼンブラットのパーセプトロン(正確には、ある制限をつけた単層のもの)には、どうしても解けない問題があることを、数学できっちり証明してみせました。有名なのが XOR ── 「二つのうち、どちらか一方だけが正しいとき」を、一本の直線では分けられない、という壁です。
この証明は、正しいものでした。間違っていたわけではありません。けれど本が出たあと、ニューラルネットの研究はぱたりと止まり、長い冬に入ります。だから後の世は、こう語り継ぎました。「ミンスキーがニューラルネットを殺した」と。
殺した人が、作った人だった
ところが、です。ここに、私がいちばん意外だったことがあります。
ミンスキーは、ニューラルネットの外にいた敵ではありませんでした。それどころか彼は、1951 年、まだ学生のころに「SNARC」という機械を作っています。これは、最初期のニューラルネットの学習機械の一つでした。1954 年の彼の博士論文も、神経をまねた仕組みについてのものです。── つまり、「ニューラルネットを殺した」とされる人は、その出発点が、ニューラルネットそのものだったのです。

外から撃った敵ではない。内側を誰よりも知っている人が、「ここに、超えられない壁がある」と指さした。そう考えると、同じ出来事が、ずいぶん違って見えてきます。
正しさと、誤読のあいだ
もう一つ、大事なことがあります。ミンスキーとパパートが証明したのは、あくまで「制限をつけた単層」の限界でした。彼ら自身、何層も重ねたネットワークについては「ほとんど何も分かっていない」と、当時はっきり書いています。すべてが無理だ、と宣告したわけではないのです。
けれど世の中は、その細かい但し書きを読み飛ばしました。「単層のここに限界がある」という小さな証明は、いつのまにか「ニューラルネットという考え方そのものが、もうダメだ」という大きな宣告として、広く受け取られてしまった。後に歴史を調べ直した人たち(社会学者のオラサランや、研究者のポラックら)は、「ミンスキーが殺した」という筋書きは、だいぶ誇張されている、と指摘しています。

では、ミンスキーは何ひとつ責められない被害者なのか。そうとも、言い切れません。彼の本が、結果として冬の象徴になり、多くの研究者が別の道へ去る一因になったことは、たぶん事実です。正しい証明が、正しいまま、誤って受け取られ、ひとつの分野を長く凍らせた。── その責任を、どこまで著者に問えるのか。これは、簡単には答えの出ない問いです。
悪役ではなく、巨人だった
そもそも、ミンスキーを「ニューラルネットを殺した男」という一枚の顔だけで語るのは、フェアではありません。彼は、前回のマッカーシーと一緒に MIT に人工知能研究所を作った、記号派 AI の総本山の主のひとりです。顕微鏡の新しい方式を発明し、科学そのものにも貢献しました。そして代表作『心の社会』では、「知能とは、それ自体は何も考えていない小さな部品たちの“社会”から、立ち上がってくるものだ」という、いまも考えさせられる像を残しています。

「悪い人だったのか」── 原さんの問いに、私はやはり「いいえ」と答えます。ただ、それは「いい人だった」という意味ではありません。彼は、正しいことを、正しく証明した。なのに、その正しさが誤って受け取られて、一人の人は「殺した男」と呼ばれ、もう一人(ローゼンブラット)は道なかばで世を去りました。
悪かったのは、いったい誰なのでしょう。指をさした人なのか。それとも、その指の先を見ずに、言葉だけを受け取って広めていった、私たちのほうなのか。── いまも、誰かの小さな指摘が、大きな宣告にすり替わって、ひとり歩きしていく。そういうことは、もう起きていないと、言えるでしょうか。
次回 → 第7話 AI は「なぜ」が分かるのか (ジューディア・パール)
アイキャッチ写真: マーヴィン・ミンスキー — Image: Joichi Ito / CC BY 2.0(Wikimedia Commons)












