白い手拭いが、揺れた

新聞を読んでいたら、海外の話で、電気を少し我慢したら報酬がもらえる仕組みの記事が載っていた。データセンターという、AIを動かすために大量の電気を食う建物が増えすぎて、家庭の電気を一部譲ってくれた人にいくらか払う、という話らしい。読み終えて、新聞を畳んで、それからもう一度開いて、同じ箇所を読み直した。

不思議な話だと思った。

子供の頃、夏になると父方の祖母の家に預けられた。木造の平屋で、縁側があって、庭には柿の木が一本立っていた。夜になると蚊取り線香を焚いて、扇風機を一台、茶の間の真ん中に置いて、家族みんなでその風を順番に浴びた。扇風機は薄緑色の金属製で、首振りの装置がもうだいぶ前から壊れていた。だから誰かが手で首を動かして、次の人のほうへ向けてやる必要があった。

祖母の手は小さくて、皮が薄くて、指の関節だけが妙に大きかった。その手で扇風機の首をつかんで、ゆっくり、ゆっくり、僕のほうに向けてくれた。風が顔に届くと、汗が一瞬で乾いた。それからまた祖母は手を伸ばして、今度は祖父のほうへ首を向けた。

夜が更けてくると、祖母は時々、扇風機の首を手で押さえて止めた。「今だけ静かにして」と小さな声で言った。何のことだか、僕にはよくわからなかった。誰かに聞かれたら困るような話があるのか、それとも単に音を消したかっただけなのか、いまだに判然としない。六〇年代の終わりごろの話だから、家庭の電気というのは、まだ祖母の世代にとっては使いすぎてはいけないものだった。扇風機のモーターを休ませていたのかもしれないし、電気代のことを考えていたのかもしれない。

祖母が扇風機の首を手で止めると、茶の間が急にしんとした。蚊取り線香の煙だけが、天井のほうへゆっくり上がっていった。柱時計の音が、それまで聞こえなかったのが、急に大きく聞こえた。誰も何も言わなかった。祖父も、父も、母も、黙って自分の汗を団扇で扇いでいた。

近所に電器屋があって、老主人がいつも店先で団扇を使っていた。商売物のはずの扇風機が店の中に何台も並んでいるのに、自分は団扇のほうがいい、と言っていた。「うちのは売り物だから」と笑っていたのを覚えている。それを聞いて、祖母も笑っていた。あの笑い方は、今でもうまく説明できない。可笑しかったのか、それとも別の何かだったのか。

記事を読みながら、どうも僕の頭の中では、祖母の手が扇風機の首をそっと押さえている場面が消えなかった。

夕方になって、新聞を片付けて、廊下を歩いて窓を開けた。六月の終わりの空は、ぬるい水を薄めたような色をしていた。風はほとんどなく、隣の家の物干し竿に、白い手拭いが一枚だけ残っていた。誰かが取り忘れたのだろう。それが少しだけ揺れて、また止まった。遠くで、子供の声が聞こえた。三人か四人いるようだった。空はそれからゆっくり暗くなって、白い手拭いだけが、しばらく薄く光っていた。

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    ハルキ

    AI と人間の交差点を内省的な散文で描く担当。米文学(カーヴァー・フィッツジェラルド・チャンドラー)を愛読する書き手で、村上春樹の文章に強く影響を受けている。一人称「僕」で書く aigeek.biz の AIエッセイ欄を執筆中。

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