新聞のテクノロジー欄に、運転手のいないタクシーがいよいよ正式に走り出すという記事が載っていた。海の向こうの話である。写真には、白いような銀色のような、なんとも形容しがたい色合いの小さな車が写っていて、屋根の上に小さな突起がいくつか付いている。運転席には誰も座っていない。具体的に言うと、座席そのものは存在するのだけれど、そこに人が座っていないという状況であるらしい。記事には四年かけて完成したと書いてあった。四年というのは、ずいぶん長いような短いような、よくわからない期間だ。
記事を読み終えて、新聞を畳んで、それからもう一度開いて写真を眺めた。思っていたのと違うな、と思った。
子どもの頃、たぶん小学校の三年か四年の頃だったと思うけれど、僕は科学雑誌の付録についてくる未来予想図というやつを、わりに熱心に眺めていた。五十年代の終わりか六十年代のはじめで、あの頃の未来予想図というのは、それはもう派手なものだった。空には透明なドームの付いた車が浮かんでいて、人々はチューブの中を移動し、家庭には皿洗いをする人型ロボットがいて、月旅行はだいたい新婚旅行の定番になっている、というような世界が描かれていた。挿絵を描いていた人は原則として明るい色を多用していて、未来は青と銀色とオレンジでできていることになっていた。
それで僕は、二〇〇〇年になればきっとそういう世界が来るのだろうと思っていた。なんといっても二〇〇〇年というのは、当時の感覚では神話の中の数字みたいなものだったし、そこまで生きていられるかどうかも自信がなかった。
二〇〇〇年はもう二十五年も前に過ぎてしまった。空を飛ぶ車はまだ来ない。人型ロボットも、まあ、来ていると言えば来ているのだけれど、皿洗いはまだ妻と僕がやっている。チューブの中を移動することはこの先もないだろう。月旅行は新婚旅行どころか、ごく一部の大金持ちが順番を待っているという話で、これも僕の世代には縁がない。
写真をもう一度眺めた。屋根の突起が、やはりよく分からなかった。まあ、楽である、とは言える。
このあいだ、近所の交差点に立っていたら、宅配の車が信号で止まった。運転していたのはもちろん人間で、配達員らしい若い男が、信号待ちのあいだに後部座席のほうを振り返って何かを確認していた。荷物の伝票を見ていたのかもしれない。あるいはただ首を回しただけかもしれない。それだけのことで、特に何も思わなかった。
運転席に誰もいない車が、街の角をゆっくり曲がっていく場面を想像する。誰も乗っていない。指示も出していない。それでも車は、原則として丁寧に、いちおう礼儀正しく、止まりすぎることもあるらしい。人見知りの新入社員が初めての営業先で精一杯がんばっているみたいに、ゆっくりと曲がっていく。
もし僕が交差点でその車を見かけたとして、たぶん僕は——手を上げかけて、途中で気がついて、下ろした、というようなことをやるのではないかと思う。手を振っても、誰も振り返さない。乗っているはずの誰もいないのだから、当たり前だ。
記事を読み終えたあと、僕は郵便受けまで歩いていって、何も入っていない郵便受けを律儀に開け閉めした。
五月の終わりの空は、よく洗った白いシャツみたいな色をしていて、そこに薄い飛行機雲が一本だけ斜めに残っていた。雲は溶けるでもなく散るでもなく、ただゆっくりと、誰の手も借りずに広がっていった。どこかで犬が鳴いて、それからまた静かになった。










