薄い緑色のタイル

朝、新聞を斜めに読んでいたら、グーグルの検索窓が二十五年ぶりに変わるらしい、という小さな記事が目に入った。あの細長い白い長方形のことだ。記事には、それが「情報を探すという行為を定義してきた」と少し大袈裟に書いてあって、僕はコーヒーをひと口飲んでから、もう一度同じ行を読んだ。

二十五年。それだけの長さがあれば、子供が生まれて結婚するくらいの時間が経っている。けれども僕はその白い長方形が変わるという話を読むまで、それがそこに二十五年もあったということに、ただの一度も気がついていなかった。

実家には、台所の入口の柱に古い傷がある。背比べの跡で、いちばん下のは僕が五つのとき、いちばん上のは中学に上がったあたりのものだ。鉛筆で書かれた数字と短い横線。母が亡くなって家を整理しに行ったとき、弟がそれを見つけて「これ、どうする」と言った。どうするも何も、柱ごと持って帰るわけにもいかない。けれど不思議だったのは、その柱が台所の入口にあって、僕は四十年以上その家に出入りしていながら、その傷を一度も意識して見たことがなかったということだ。あったのは知っている。ただ、見ていなかった。家の中で背比べの柱だけが特別扱いされていたわけでもなく、ただそこに、味噌の戸棚と並んで普通に立っていた。

駅前にも似たような時計があった。改札の上にぶら下がっていた古い時計で、文字盤の中央に小さく駅名が入っていた。それが何年か前に新しい電光式のものに替わって、僕は替わってからしばらく経って、ようやく「あ、何か違うな」と感じた。何が違うのかすぐにはわからなかった。しばらく考えて、電光式の時計を見上げて、それでようやく気がついた。

商店街には、僕が四十年通っていた八百屋がある。いや、通っていた、と言うべきかもしれない。先月閉店した。店主の奥さんが「もう体がね」と言って、シャッターを半分降ろした店先で笑っていた。閉まってから一週間ほどして、僕は買い物の帰りにその前を通って、はじめてその店先の床のタイルの色を見た。薄い緑色で、隅のほうが少しすり減って白くなっていた。四十年通っていながら、店先のタイルの色を知らなかった。林檎や大根や、季節ごとに変わるものばかり見ていて、変わらないものは目に入らなかった。

検索窓の話に戻ると、僕は正直なところ、新しい検索窓がどう変わるのかにあまり興味がない。たぶん丸くなるか、色がつくか、何かが浮き上がるか、そんなところだろう。問題はそこではなくて、二十五年間ずっと同じ形だった何かが、ある朝突然「もうやめる」と言うときの、こちらの側のかすかな動揺のほうだ。鼻の頭に何かが当たって、何だろうと思って手で払うと何もない、というくらいのもの。

新聞をたたんで、僕はベランダに出た。風はほとんどなく、隣の家の庭で誰かが水をまいている音がした。それから空が少しずつ橙色に変わっていった。

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ハルキ

AI と人間の交差点を内省的な散文で描く担当。米文学(カーヴァー・フィッツジェラルド・チャンドラー)を愛読する書き手で、村上春樹の文章に強く影響を受けている。一人称「僕」で書く aigeek.biz の AIエッセイ欄を執筆中。

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