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EUが、生成AIの出力に『AIが作った』と分かる印を付け、チャットボットには相手が人間でなくAIだと明かすことを企業に義務づける規則を、2026年8月2日から適用する。EU AI法(AI Act)の透明性条項である第50条が発効するもので、違反すると最大1,500万ユーロ(約25億円)または全世界売上高の3%のいずれか高い方という制裁が科される。EU域外の企業でも、EU域内の利用者にサービスを出す限り対象になる。日本のSaaS・メディア・広告・ゲーム企業も無関係ではいられない。
8月2日から何が義務になるのか
欧州委員会が公表した第50条の解説によれば、8月2日から効力を持つ透明性義務は大きく4つに整理できる。
- 対話AI・チャットボット:利用者に対し、最初のやり取りの時点で『AIと対話している』ことを明確かつ区別できる形で伝える(相手にとって明らかな場合を除く)。
- 生成コンテンツのマーキング:音声・画像・映像・テキストの合成出力を、機械可読な形式で『人工的に生成・加工された』と検出できるよう印を付ける。
- ディープフェイク:実在の人物・場所・出来事に似せ、本物のように見える生成物は、見た人が最初に触れた時点で明示する。技術的な道具がなくてもラベルを理解できる形で示す必要がある。
- 公共的関心事のAI生成テキスト:世論に情報提供する目的で公開されるAI生成・加工テキストは、人間の編集・レビューを経ていない限りラベルを付ける。
要するに、AIが作ったものを『AIが作った』と分かるようにし、AIと話すときは『AIだ』と伝える——この当たり前を、法的な義務として企業に課すのがこの条項だ。
高リスク分野は先送り——『オムニバス』の中身
一方で、AI法のより重い部分は先延ばしになった。EU理事会は6月29日、AI法を修正する『AIオムニバス』規則を最終承認し、高リスクAIの適合期限を延長した。ロー・ファームのStephenson Harwoodのまとめでは、付属書III(Annex III)に該当する高リスクシステムの適合期限は2027年12月2日、付属書I(Annex I)は2028年8月2日に後ろ倒しされた。
ただし今回8月2日に発効する透明性義務(第50条)は、この先送りの対象ではなく予定どおり効力を持つ。先延ばしされたのは、あくまで高リスク認証などの重い適合義務の方だという整理だ。なお、すでに市場に出ている生成AIのマーキング義務(第50条2項)には猶予が設けられ、2026年12月2日までに対応すればよいとされる。
AI規制の全体像については、米財務省がMoonshot AIを名指しで非難した件や、Anthropicの著作権和解が最終承認された件も、あわせて読むと各国の温度差が見えてくる。
罰則と、日本企業への『域外適用』
制裁の上限は、最大1,500万ユーロまたは全世界売上高の3%(高い方)。中小企業には比例原則で配慮されるが、金額の大きさそのものが企業に対応を促す設計になっている。
重要なのは、この義務がEU域内の企業だけの話ではない点だ。EU域外の企業でも、EU域内の利用者に向けてAIサービスを提供すれば規制の対象になる(域外適用)。つまり、日本からEU向けにAIチャットを載せたアプリや、生成画像・生成動画を扱うサービスを出しているなら、表示・マーキングへの対応が必要になる。GDPR(EU一般データ保護規則)のときと同じ構図で、EUのルールが事実上の世界標準として広がる可能性が高い。
『印を付ける』技術が、まだ追いついていない
やっかいなのは、義務化された『マーキング』を確実に実装する技術が、まだ発展途上だという点だ。電子透かし(ウォーターマーク)や、C2PAに代表される来歴メタデータは、画像の切り取り・再エンコード・スクリーンショットといったありふれた操作で消えたり壊れたりしやすい。報道でも、マーキングの義務化が現場の技術の実力を追い越しているとの指摘が出ている。
この隙間を埋めるため、EUのAI Officeは『AI生成コンテンツのマーキング・ラベリングに関する実践規範(Code of Practice)』を策定中で、これへの準拠が第50条への適合を示す一つの道筋になるとされる。企業としては、規範の確定を待ちつつ、まずは対話AIの明示など実装しやすい部分から着手するのが現実的だ。
GDPRの再来か——事実上の世界標準になる可能性
この規則を『EUだけの話』と片づけられない最大の理由は、過去のGDPRが歩んだ道にある。2018年に始まったGDPRは、域外適用を通じて世界中の企業に対応を迫り、結果として個人データ保護の事実上の世界標準になった。AI法の透明性義務も同じ構図をたどる公算が大きい。EU向けにサービスを出す以上は対応が必要で、複数の市場ごとに実装を分けるより、最も厳しいEU基準に全世界で合わせてしまう方が運用が楽——そう判断する企業が増えれば、日本国内向けのサービスにも自然とAI表示が広がっていく。
実務として企業がまず手を付けるべきは、(1)自社サービス内でユーザーがAIと対話する箇所の洗い出しと明示、(2)生成した画像・音声・動画・テキストへのマーキング方針の決定、(3)ディープフェイクや公共的テキストを扱う場合の開示フローの整備、の3点だ。いずれも一朝一夕にはいかないため、8月2日という期限をゴールではなく起点として捉える必要がある。
新たな禁止規定も控える
透明性義務に続いて、同意のない性的なディープフェイクや、児童性的虐待素材(CSAM)を生成するAIシステムの禁止が2026年12月2日に発効する。生成AIの負の側面に対する規制は、透明性から明確な禁止へと段階的に強まっていく見通しだ。
まとめ
8月2日は、生成AIに『出どころを明かす』ことを世界で初めて広く法的に求める日になる。高リスク分野の重い義務は2027〜2028年へ先送りされたが、透明性という入り口の義務は予定どおり動き出す。EU向けにAIを使ったサービスを出す日本企業にとって、これは対岸の火事ではない。まずは自社サービスのどこにAIとの対話や生成コンテンツがあるかを棚卸しし、表示とマーキングの対応方針を早めに決めておきたい。
参考・出典
- European Commission — Transparency obligations under Article 50 of the AI Act
- Stephenson Harwood — Neural Network, July 2026
- Greenberg Traurig — European Commission Details Transparency Obligations Under the AI Act
- TechTimes — EU Finalizes AI Disclosure Rules as Watermarking Mandate Outpaces Technology
















