
AIと人 ── AI に深く関わった人たちの物語
機械が考えはじめるずっと前から、それを夢見て、形にして、ときに恐れた人間がいました。第四章は、AI の歴史をつくった一人ひとりを訪ねます。計算を定義し、「機械は考えるか」と問うたアラン・チューリングから。
第一章では AI の仕組み を、第二章では AI と世界の関係 を、第三章では 75 年の歴史 を辿りました。第四章は、その縦糸の歴史を「人」という横糸で読み直す試みです。発明の喜びも、葬られかけた悲しみも、後に問い直す側に回る反転も ── ぜんぶ、一人の人間の中で起きてきたことでした。
読みかた: 第四章は連作 8 話予定です。チューリングから始めて、ピッツ・ローゼンブラット・ワイゼンバウム・パール・ヒントン・フェイフェイ・リー・ティムニット・ゲブルへ。各話、一人の「引っかかり」から出発します。現在 2 本公開中。
第四章 — 連作 (現在 2 本 / 全 8 話予定)
第1弾:チューリングマシンとは、何だったのか
1936 年、紙の上で計算する人間の認知プロセスを抽象化した「思考実験」── テープ、ヘッド、有限の状態、遷移規則だけで計算の本質を定めた。万能チューリングマシンは設計図さえ渡せば何にでもなる「スマホの祖先」。14 年後、彼は「機械は考えるか」を「議論には無意味すぎる」と退けて、イミテーション・ゲームに置き換えた ── 1936 と 1950 をつなぐ「万能性の性質により」。生涯は、Bletchley Park、1952 年の有罪、そして 1954 年の死へ。死は両論併記で、断定せずに。
2026-06-06
第2弾:論理で神経を描いた少年 (ウォルター・ピッツ + ウォーレン・マカロック)
1923 年デトロイトの「書類のない天才」。12 歳頃に図書館で『プリンキピア・マテマティカ』を読破したとされ、15 歳で家を出てシカゴへ、20 歳で書いた 1943 年の論文が、神経の発火を 0 と 1 の論理で書き直した。── 現代 AI の最古層にいる一人ですが、隣にはハウスホルダーがいて、ヘブがいて、ローゼンブラットもいた。「種が何粒も、いろんな畑で同時に蒔かれていた」ほうが正確、という神話化回避の話。
2026-06-06
第四章は連載開始。第 2 弾以降は、ピッツ → ローゼンブラット → ワイゼンバウム → パール → ヒントン → フェイフェイ・リー → ゲブル へと、AI に関わった人を時代順に訪ねていく予定です。
前の章も読み返したい方へ
第四章は「人」を横糸にした連作です。縦糸として「AI の仕組み」(第一章)、「AI と世界の関係」(第二章)、「AI の歴史」(第三章) を読むと、各話の人物がどんな時代と論争のなかで考え、生きたかが立体化します。
→ 第一章ハブ「AI の仕組みを絵で読む」(全 8 話・完結)









