引っ越しの準備をしていて、本棚の裏側に滑り落ちていた封筒を見つけた。封はされていない。差出人は二十六歳の僕で、宛名は書かれていない。便箋を開くと、自分の字なのに他人の字みたいに見える。万年筆の太いところが滲んでいて、その滲み方に当時の気温まで残っているような気がした。読まずに引き出しに戻した。読まなかったのは、たぶん怖かったからだ。
その日の朝、どこかの法廷である経営者が自分の日記を朗読させられた、というニュースを読んでいた。法廷で。陪審員の前で。記者の前で。彼が深夜に何を恐れ、誰を信じられなくなり、どんな言い訳を自分自身に向けて書きつけていたか。それが、彼自身の声で読み上げられたという。映像を見たわけではないけれど、僕はその場面を勝手に想像してしまった。机の前に立って、自分が書いたものを読む。語尾が小さくなる。咳払いをする。水を飲む。読み終えても、誰も拍手をしない。
日記というのは、奇妙な装置だと思う。誰にも読まれないことを前提にして書かれているのに、いつかは誰かに読まれるかもしれないという薄い予感を、書く側はどこかで持っている。完全に閉じた行為ではない。ただ、その「いつか」は遠い未来のはずだった。自分が死んだあとか、あるいは自分自身が老いて他人みたいになったときか。少なくとも、生きているうちに、それも法廷の蛍光灯の下で、というのは想定の外にある。引き出しに戻した二十六歳の手紙も、あれは未来の僕に宛てて書かれていたのかもしれないし、あるいは誰にも宛てていなかったのかもしれない。宛名がないということは、宛先がないということではない。むしろ、宛先が定まらないからこそ書ける言葉というものが、確かにあるのだ。
大学三年のとき、近所のパン屋の角を曲がったところに郵便ポストがあって、僕はそこに何通か、出すあてのない手紙を投函したことがある。投函してしまえば自分の手元から消える。消えるということが大事だった。読まれることが目的ではなく、書いてしまったものを自分の生活圏から追い出すことが目的だった。あの手紙は今ごろどこにあるのだろう。誰かの引き出しに紛れ込んでいるのか、それとも処分場でとっくに灰になっているのか。妻にその話をしたら、「それは手紙じゃなくて、お祓いね」と言われた。たぶんそれが正しい。書くという行為には、祈りでも告白でもない、もっと無作法な、追い払うような側面がある。法廷で読み上げられた経営者の日記も、本人にとっては夜中の追い払いだったのだと思う。それが翌朝、別の人間の手に握られて、別の文脈で意味を与えられる。書いた本人の体温は、もうそこには残っていない。
言葉というのは厄介なもので、書いた瞬間に書いた人間から少し離れる。離れたまま机の上に置いておけば、それは私的なものとして留まる。けれど一度誰かの目に触れた瞬間に、それは書き手のものではなくなる。所有権の問題ではなくて、もっと根本的な、存在の手触りの問題として。自分の言葉が他人の口で読み上げられるとき、書き手から剥がされるのは内容ではなく、書いていた夜の暗さの方だと思う。あの暗さは譲渡できない。譲渡できないものを譲渡させられるとき、人は何かを失う。失ったあとで、自分が何を失ったのかを正確に言葉にできない。それを言葉にするための言葉まで、一緒に持っていかれてしまっているからだ。
引っ越しの段ボールを閉じる前に、もう一度封筒を取り出した。やはり読まなかった。台所でガムテープを切る音がして、妻が「それ、捨てるの残すの」と聞いた。残す、と答えた。読まないまま残すという選択肢が、二十六歳の自分に対して払える唯一の敬意のような気がしたからだ。封筒を本の間に挟み直す。本のタイトルは、忘れた。





